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噂の赤マント
昭和15(1940)年、晩秋。
女学校の制服である紺のセーラー服に身を包んだ江戸川花子は、三つ編みのおさげ髪を忙しなく左右に揺らしながら、夕暮れの日に赤く染まる街を早足に歩いていた……。
家路を急ぐ彼女の背後には不気味なほど長い影が橙色の街路の上に伸び、忙しなく脚を動かす彼女について、一緒に淋しい街を進んでゆく。
他に人影もなく、どういうわけか鳥の鳴き声や風の音も聞こえず、異様なほどに赤い街は無音に支配され、まるで超現実の世界にでも迷い込んだかのようである。
……否。彼女の他にも人影はあった。
花子の後についてゆく長い影のさらにその後を、また違う人影が一つ、やはり不気味なほど長い尾を夕暮れの街に引きずり、彼女と同じ歩調でずっと追って来ている。
その影の正体は夕陽のように真っ赤な色の、膝下までもある長いマントを羽織った長身の男である。
頭には、やはり夕陽の色をした軍隊のような制帽を目深にかぶり、その骨ばった細面の表情を覗い知ることはできない。
花子が足を早めれば、その男も同じように歩速を上げ、付かず離れず、ずっと変わらぬ距離を保ってついて来ている。
明らかに、花子を対象として尾行しているのだ。
「………………」
その事実に気づいた時から、彼女の顔は周りの赤い景色に反比例して、すっかり血の気の失せた蒼白の色をしている。
そんな強張った顔を前に向けたまま、花子はよりいっそう足の動きを速め、尾行者と必死に距離をとろうとしながら、心の内では自分の行いを後悔する。
〝赤マント〟が出るというのに、いつもと違う人気のない裏道を選んでしまったことを……。
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