素敵な約束

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
福岡県宗像市(むなかたし)の自慢(じまん)は、ユネスコの世界(せかい)遺産(いさん)に指定された神が住むと言われる沖の島(おきのしま)です。 特に住民が神の森と信じているのがクスクスの森で、不思議(ふしぎ)な言い伝え(いいつたえ)があります。 ある夏、夕立(ゆうだち)の稲妻(いなずま)と共に森から竜(りゅう)が天(てん)に昇っ(のぼっ)た。虹(にじ)はいつもこの森から立ち上る。 樹齢(じゅれい)100年のご神木(しんぼく)は、一番高いのに、カミナリはいつも他の木に落ちます。 何があっても不思議ではない、神様の森と信じています。このお話しの主役(しゅやく)は、この森のネズミです。  どうしてネズミは、こんなにかわいそうなのか! チュー太は、悔しかった(くやしかった)。強くなりたかった。毎日、体を鍛えた(きたえた)。 仲間の中では、体も大きく力も強い。しかし、まだ足り(たり)ない。 イタチ、ネコ、ヘビ、カラス。周り(まわり)は、敵だらけ(てきだらけ)。 油断(ゆだん)すると、たちまち食べられた。 幼馴染(おさななじみ)も家族(かぞく)も、たくさん犠牲(ぎせい)になった。 森のネズミ達は、いつもビクビクおびえ、コソコソ逃げ隠れ(にげかくれ)していた。 悔しい(くやしい)。悔しい(くやしい)。 ネズミは、安心して暮らせないのか! ネズミだって幸せになりたい。 敵が襲って(おそって)来たらオイラが戦う。仲間を守る! これが、チュー太のプライドだ。 こんな気持ちで毎日、鍛えた。 同時に笑顔で、仲間を大切にした。そうすれば、幸せになれると信じた。 いくら鍛えて(きたえて)も、力では勝てない。知恵だ。勉強しなさい。これは、おじいさんの口癖(くちぐせ)だ。 一方お父さんは、オスは家族を守れないと駄目(だめ)だ! がんばれ。と言った。 チュー太は、力を選んだ。 悲しい思い出がある。チュー太がまだ小さかった頃、真夜中にヘビが襲って来た。 お父さんは戦ったが、おじいさんは巣の奥で震えて(ふるえて)いた。 お父さんの奮戦(ふんせん)も及ばず(およばず)、お母さんと妹が食べられた。 お前、そして娘よ、ごめん。俺の力が足りなかった。 お父さんの背中は、小刻み(こきざみ)に震え(ふる)ていた。 かわいそうな妹。まだ小さかったのに。たくさん遊んであげたかった。悔しい(くやしい)涙を流した。 この事件以来、おじいさんを軽蔑(けいべつ)した。 逃げずに戦ってくれたら、妹は死ななかったかも? おじいさんを憎んだ(にくんだ)。 周り(まわり)は敵だらけ。生き抜くために力が必要だった。 死と背中合わせ。いつもビクビクして、かわいそうなネズミ達。 ネズミはネズミ。しかたがないのか?  オイラは、嫌(いや)だ! ネズミだって幸せになる。チュー太、クスクスの森のマイティーマウス。 おじいさんとお父さん、新婚(しんこん)のチューの4匹。笑顔でツッパッテ暮らしていた。 チュー太は、今夜の同窓会(どうそうかい)を楽しみにしていた。 楠木(くすのき)が群生(ぐんせい)し柿や栗が茂るクスクスの森は、実りの秋を迎えていた。 楽しい事が大好きなネズミ達は、仲間と豊作(ほうさく)を祝った。毎日、どこかで宴会(えんかい)があった。 「久しぶりだから奮発(ふんぱつ)しなきゃ。もう一軒(いっけん)廻って(まわって)来るよ。」 「気を付けてね」新妻(にいつま)は、笑顔で送り出した。 同窓会(どうそうかい)に持って行く食料集めに、朝から走り回っていた。仲間の為に一生懸命(いっしょうけんめい)だった。 レストランから、残飯(ざんぱん)を集めた。焼肉、とんかつ、中華、ハンバーガー。 喜ぶ顔が目に浮かんだ。今夜は、幼馴染(おさななじみ)が集まる。 「今夜は、チューとチュー辰の巣に泊まるから」 「敵に追われない様に、道に金木犀(きんもくせい)をまいて、臭いを消すのだぞ」 臆病(おくびょう)だが森一番の物知りだと威張る(いばる)おじいさんが、アドバイスした。 「チュー辰、チュー子ちゃん、久しぶり。みんな、もう来ている?」 食糧の入った袋を二匹の前に置いたチュー太は、嬉しそうに聞いた。 「揃って(そろって)います。ワァー、美味しそう(おいしそう)。こんなにたくさん! ありがとう」 「オッス、久しぶり。敵に追われないように、金木犀で匂いを消したから安心していいよ。」 「さすが! チュー太は、用心深い」 「おじいちゃんの知恵だよ」 「チュー太のおじいちゃんは森一番の物知りで、人間の言葉も分かる天才ネズミだよ」 ヤンチューとチュー美が噂(うわさ)した。 「チュー太、久しぶり。ゴツクなったな!」幼馴染から、驚きの声が上がった。 「お前達、チュー太の武勇伝(ぶゆうでん)を知らないのか?」チュー辰が、おどけたように言った。 「イタチのキラーを撃退(げきたい)した話だろ? 森中の評判(ひょうばん)だよ」 「チュー太、チュー辰、そしてヤンチュー。三匹がいれば、猫が襲って(おそって)来ても大丈夫(だいじょうぶ)ね」 チュー美、チュー子、そしてチューが安心したように言った。 「三匹いれば撃退出来るよ。だから今日は、安心して楽しもうよ」 「久しぶりね。子どもの頃は、よく遊んだのに」食料を囲んで、六匹は楽しそうだった。 「でも、六匹だけか。幼馴染は、十匹いたのに」ヤンチューが寂しそう(さびしそう)に言った。 「皆、死んだ。ヘビ、猫、イタチ、そしてカラスに食べられた」 「悔しいよな! 本当に悔しい」 「私達ネズミだけがどうしてこんなにイジメを受けるの?」 チュー美が、悲しそうに呟いた(つぶやいた)。皆、しんみりとなった。 「イジメじゃない! 食べられるのだ。死ぬのだ。」 「チュー辰の言うとおりだ。だから俺達は、生きる。そして楽しむ」 「死んだ仲間の分も生きよう! 楽しく生きよう。さぁ、笑顔、笑顔!」  チュー太が明るくまとめた。昔からリーダーだった。 いつも元気いっぱい。笑顔で楽しいから、周りに仲間が集まった。 六匹が食事を楽しんでいた時だった。「シャー」という恐ろしい声が、響いた(ひびいた)。 イタチのキラーが、入口から手を伸ばしていた。鋭い爪がチュー太をかすめる。 メス達は、直ぐに奥に逃げ込んだ。 「チクショウ! ヤンチュー、チュー辰、やろうぜ!」  三匹は、裏口(うらぐち)から飛び出してキラーに向かって行った。 ヤンチューとチュー辰が注意を引付けた瞬間、チュー太が鋭い爪で顔を引っ掻いた。 目元から血を流しながらキラーは、逃げた。 見事(みごと)な連携(れんけい)プレイ。三匹は、意気揚々(いきようよう)と巣穴に帰った。 「もう大丈夫だ。逃げて行ったよ」チュー太は、得意げ(とくいげ)に言った。 「チュー太の武勇伝(ぶゆうでん)がまた増えたな」ヤンチューがおだてた。 「二匹のお蔭(おかげ)だよ。オイラだけじゃ、とてもとても。ありがとう」威張ら(いばら)ず、謙虚(けんきょ)だった。 敵を追い払って、さらに盛り上がった。 「三匹が力を合わせればどんな敵でも怖くないぜ」 「今日は上手く行ったけれど、巣穴が知れたからまた引越ししないと」 「俺達は、巣穴を敵に知られたら逃げてばかり。こんな生活がずっと続くのかな?」 「春には家族が増えるからここじゃ狭いし。ちょうど良かったわ」 「もう次も決めているよ。ここの倍の広さだよ」チュー辰は、チュー子のお腹に手を当てて答えた。 「おめでとう! 私達も春よ。ね!」チュー美がヤンチューに、楽しそうに同意を求めた。 「ところで肝心(かんじん)のチュー太とチューは?」 「オイラ達も一緒に暮らしているよ。子どもはまだだけど」 「いつか皆で一緒に住みたいわね」チュー子がなにげなく呟いた。 「そうだよ! 安心で安全な棲家(すみか)で仲間と助け合って生きる。実現したら楽しいよ」 「ビクビクして生きるなんてもうイヤだよ。安心で安全な棲家で助け合って生きる。 こんな事が出来たらすごいだろうな」チュー辰も顔を赤くして言った。 「チュー太、皆の夢を叶えて(かなえて)よ。他のネズミ達も期待しているよ」 「チュー太ならなんとかしてくれるよ」 「そうだ。チュー太、頼むよ」 皆の夢、それはチュー太の夢でもあった。 仲間が困っていると、ほっておけない性格だった。   イタチやネコに食べられる仲間を見る度に、なんとかしないといけないと思った。 ネズミだって楽しく暮らしたい。幸せになりたい。はっきりと夢を持った。 しかし、夢を実現させる方法がなかった。皆の期待を背負って、悩んだ。 なにかいい知恵はないか? 知恵と言えば、おじいさん。 しかし、おじいさんは嫌いだ。家族を守らず、一番に逃げ出す。 そのくせ自分は、物知りだ。頭がいい。と傲慢(ごうまん)だった。こんな奴に頼りたくない。 そんなある夕食時、おじいさんが我儘(わがまま)を言い出した。 「今夜のおかずに中華はないのか?」と不満そうだ。 「今日は、残飯置き場にカラスがいたので、取れなかったよ」 食料を集めた父親のチュー助が、言い訳をした。 「好物(こうぶつ)のハンバーグもあるし、明日まで我慢(がまん)してくれよ」チュー助は、なだめた。 「先が短いから好きな物を今、食べたいよ」今年90歳、おじいさんの我儘は、おさまらない。 楽しい食事をぶち壊すのは、いつもおじいさんだった。 「オイラが行って来る」もうチュー太は、袋を持って駆け出していた。 食卓が楽しくなるのなら、今からでも中華を集めて来ようと思った。 「チュー太、すまんな。気を付けて」お父さんが見送った。 「チュー太は、優しいな」 「友達からも頼りにされているみたいで」お父さんとおじいさんは、嬉し(うれし)そうに話した。 急いで帰る途中、ウサギの姉妹に出合った。 「やぁ、ウサちゃん! ママは?」 「ママ、足が痛いの。だから私達が、夕飯(ゆうはん)の準備中(じゅんびちゅう)なの」 「それはえらいね。大丈夫(だいじょうぶ)?」 「草はたくさん集めたけど、ママの好きなニンジンがないの」 「ニンジン、中華屋にでっかいのがあったよ。今から取って来てあげる」 「ねずみさん、急いでいるのに悪いわ」うさちゃんが止めたが、もういなかった。 「はい、にんじん。ママに食べさせてあげて」 チュー太は、肩で息をしながらにんじんを差し出した。 「きゃーっ、でっかい! ネズミさんありがとう。ママが喜ぶよ」 その時、ズシ、ズシと大きな足音と一緒に、カミナリの様な声が降ってきた。 「よぉ。ネズミの大将(たいしょう)! 元気そうだな」森一番の巨漢(きょかん)、イノシシだった。 「やぁ、イノドン。また大きくなったね」 「この森は、食べ物がたくさんあって住みやすい。」 「ちょうど良かった。ウサちゃん達を巣まで送って」 「ネズミの大将には世話になっているから断れないな。任せ(まかせ)ときな」 「じゃ、ウサちゃん、ママがよくなったらお祝いをしよう。ニンジンをたくさん用意しとくよ」 「大将は、いい奴だ。俺がケガで動けない時、この俺が満腹(まんぷく)になる位、大量の食料を集めてくれた。 困った時はお互い様だ。ウサちゃんも遠慮(えんりょ)なく世話になったらいい。じゃ、帰ろうか」 「イノシシさん、お願いします」かわいいウサちゃんも頼もしいイノシシも、大切な森の仲間だ。 いつもチュー太は、仲間の為に頑張った。 「ただ今! 集めて来たよ。酢豚(すぶた)も、エビチリだってあるよ」チュー太は、食料を広げた。 「美味い(うまい)。美味い(うまい)。この酢豚は最高だ」おじいさんは、とたんに上機嫌(じょうきげん)になった。 「よかった。さぁ、楽しく食べよう。」家族一緒の食事が大好きだった。 家族が美味しく食べている時だった。隣に住む野良(のら)ワンがけたたましく吠えた。 「ワン、ワン、ワン。ネズミの大将、猫だ。気を付けろ! ワン。」 野良ワンは今年の春、人間に捨てられて森にやって来た豆(まめ)柴(しば)だ。 チュー太は、住む所がない野良ワンに巣穴を準備してやった。 それ以来、仲良しになった。野良ワンは、猫やイタチが近づくと教えてくれた。 すぐに入口で、「ザクッ」「ザクッ」と土を掘る音がした。 ネコの脳割れが、巣に入ろうとしていた。 「ネコだ!」おじいさんは、酢豚を放り出して奥に隠れた。 「チクショウ! 能割れ(のうわれ)、あとをつけて来たな」 「金木犀を撒いて来なかったのか?」おじいさんが、とがめるように言った。 「急いでいたから、忘れたよ」 「せっかく教えたのに。知識は使わないと! だから勉強と言うのだよ」こんな時にも、お説教した。 「おやじ、追い払おう」 「よし! やるか」チュー太とチュー助は、脳割れに跳びかかった。 「おやじ、注意を引いてくれ、引っ掻くから」親子の息はピッタリだ。 「チュー太、力じゃなく動き勝て! ネコより早く動いて、弱点(じゃくてん)の鼻を攻めろ!」 おじいさんは、口だけだが弱点を教えてくれた。 能割れがチュー助に気を取られた一瞬、飛び込んで鼻を引っ掻い(ひっかい)た。 脳割れは、思わぬ反撃(はんげき)に逃げて行った。 「やった! チュー太、凄い(すごい)。凄い(すごい)。」新妻は、手を叩いて喜んだ。 「おやじの動きが良くてね。それとおじいさんのアドバイスのお蔭だよ」 「でも、また襲って来るよ。ここも引っ越さないといけないね」 「今夜は大丈夫だよ。さぁ、ゆっくり食事をしよう。楽しむ時はとことん楽しく!」 一(いち)難(なん)去って(さって)、絆(きずな)を深めた家族は食事を楽しんだ。 翌日は、豪雨(ごうう)だった。台風が、急速に発達して襲って来た。 おじいさんも、経験した事がない凄い雨だ。 近くの川も、真っ黒い水が凄い勢いで流れている。 「危ない! 洪水(こうずい)が来る。早く高い場所へ避難(ひなん)だ」 川を見たおじいさんが、叫んだ(さけんだ)。 「でも何も用意していないから」 「どこに逃げようか」新妻とお父さんまで慌てている。 「命だけでいい。高い所へ逃げるぞ。急げ!」おじいさんが、一喝(いっかつ)した。 「食糧を貯めている、楠木に行こう」おじいさんの剣幕(けんまく)にお父さんも急いだ。 「離れ離れにならないように綱で全員をつなげ」あっと言う間に川が溢れ、濁流(だくりゅう)が流れ込んで来た。 チュー太は、家族を引っ張って泳いだ。 楠木に登って家族を引き上げる途中だった。 綱が切れて、おじいさんが流された。 「助けてくれ。まだ、死にたくない」おじいさんが、流されていく。 「チュー太! 行くな。死ぬぞ」お父さんが止めた。 「あなたも春にはパパになるのよ。無理しないで」新妻も止めた。 「オイラだっておじいさんは嫌いだよ。でも家族だ。今こそ、助け合わないと」 チュー太は、飛び込んだ。濁流より早く泳ぎ、おじいさんを抱き止め、近くの木に登った。 いい判断だった。皆が待つ楠木まで帰るのでなく、とりあえず近くの木に登った。 「チュー太、ありがとう。ありがとう」おじいさんは、泣きながら言った。 2匹は、枝を渡ってみんなの所へ戻った。 その時だった。「助けてキャイーン。キャン。キャン」野良ワンの叫び声(さけびごえ)が聞こえた。 見ると濁流に逆らって(さからって)犬かきで泳いでいる。チュー太は、直ぐ(すぐ)に綱を投げた。 野良ワンが、縄に噛み(かみ)ついた。 「力を合わせて綱を引くぞ!」チュー太のかけ声に合わせて家族全員で引いた。 「ヨイショ」「ヨイショ」おじいさんもお父さんもチューも力を合わせた。 野良ワンも頑張った。必死で泳いだ。そしてついに、チュー太達の巣に上がって来た。 「あー怖かった。死ぬかと思った。助けてくれてありがとう」ハァー、ハァーと息を吐きながらチュー太達にお礼を言った。「よかった」「よかった」おじいさんも嬉しそうだ。 「早速、お祝いをしよう! ここは、食料倉庫だ。おいしい物がたくさんあるよ」 チュー太は、家族との食事大好き。それに今日はお客さんがいる。 「野良ワン君はお客さんだ。遠慮(えんりょ)しないでドンドン食べて!」お父さんが、食料を配る。 「助けて貰って、こんなご馳走までありがとう。僕は独りぼっちだから、家族で楽しそうなネズミさんが羨ましかった(うらやましかった)。本当にありがとう」野良ワンは目を赤くしていた。 「こちらこそいつも猫やイタチが来た事を教えてくれて、野良ワン君に感謝だよ。もっと食べて。」 おじいさんも上機嫌で野良ワンに肉を盛り付けた。野良ワンは、もりもり食べている。 「あなたが森一番の物知り天才ネズミさんですか。お話しがしたかったです。色々、教えて下さい」 野良ワンは、姿勢を正しておじいさんに敬意(けいい)を払った(はらった)。 「長く生きているだけだよ。それに人間のお陰だよ」いつもは威張り散らすのに今日は謙虚(けんきょ)だった。 「しかし、今日の雨は凄いな。90年も生きたけれど、こんな雨は初めてだよ」 「春からこの森に住んでいるけれど、春なのにドカ雪だった。夏は毎日暑いし、地球がおかしいよ」 野良ワンは、頬を膨らまして言った。 「地球(ちきゅう)温暖化(おんだんか)だ」おじいさんはため息と供(とも)に言った。 「おじいさん、なんですかそれ?」野良ワンは、不思議そうだ。 「人間の都合で自然を破壊したので、地球がおかしくなっているのだよ。最近の人間は、おかしい。 仲間を殺したり、食べ物を粗末にしたり。困ったな」人間を批判するおじいさんは、悲しそうだ。 「やっぱり人間のせいか! 僕だって最初はかわいがられたのに、捨てられた。 本当に人間は、勝手だ。人間なんてこの地球からいなくなればいいのだ!」顔を赤くして吐き捨てた(はきすてた)。 「いや。野良ワン君、それは違うよ。人間は、素晴らしい。川を工事して洪水を防ぎ、地球の為に頑張っている。人間がいなかったら、地球は病原(びょうげん)菌(きん)がいっぱいでワシ達は生きる事が出来ないよ」 「それでも僕は、人間が大嫌いだ。僕の祖先は、普通の柴犬だった。それを小さく作り変えた。かわいいからだ。おじいさん、こんな事が許されますか? 犬は人間のオモチャじゃない!」 野良ワンの人間嫌いは、徹底(てってい)している。 「品種(ひんしゅ)改良(かいりょう)だ。確かにいけない。自然じゃない。でも野良ワン君。例えばこの酢豚。只の豚肉をこんなにおいしく料理している。この八宝菜も。野菜がこんなご馳走(ごちそう)になっている。人間は、素晴らしい。」 おじいさんは、野良ワンに同情しながらも、人間の知恵を説明した。 人間が嫌いな野良ワンと、尊敬するおじいさん。チュー太達は、面白そうに聞いていた。 「おじいさん、そうですね。僕もおいしい餌を食べました。昔は人間の残り物を食べたのに、今は、犬専用(せんよう)の缶詰(かんづめ)があります。柔らかい肉がおいしかった。確かに人間は凄い(すごい)かも?」 昔を思い出して、おじいさんに同意した。 「今の地球はおかしい。人間も自分勝手が過ぎる。しかし人間は、間違いに気が付く。そして地球をよくする。みんなが幸せに暮らせる楽園にしてくれるよ。人間を信じよう」やさしく野良ワンを見つめた。 「こんなおいしい物を作れるから、大丈夫ですね。頑張ってくれ! 人間」 食いしん坊らしく納得していた。 「ああ、おいしかった。お腹いっぱいだ。野良ワン君。今夜はここで一緒に寝よう」 「いいのですか! ワォーン。いつも独りぼっちだから、うれしいな」 「水がひいたら、一緒に新しい巣穴を探そうね。おやすみ野良ワン君」チュー太は、布団に潜り(もぐり)込んだ。 布団の仲でも色々な事を考えた。やっぱり、力だ。ないと生き残れない。 力を信じる反面、知識の大切さも実感した。 洪水が来る事を予見した経験力、猫の弱点。教えてくれたから撃退出来た。金木犀の匂い消し。 野良ワン君と優しく話すおじいさん。おじいさんを見直した。 オイラの力とおじいさんの知識があれば、夢を実現出来るかも? 希望が膨らんだ。 洪水も引いて一家は、楠木の新居で食卓を囲んだ。 「今日も中華がある。この酢豚は本当に美味しい。生きていて良かった。」 おじいさんは、子どもの様に喜んだ。あれからチュー太は、食事に中華を欠かさなかった。 「チュー太が助けてくれたから、こんな美味しい中華が食べられる。幸せだ。ありがとう」 最近は、我儘も減った。 洪水の日から気持ちが変わって来た。 力がないから、智恵を極めた。オイラが力を求める事と同じかな。 気持ちが分かった。よし! おじいさんに頼ろう。 食事中、悩みをぶつけた。 「ネズミは、逃げてばかり。ネズミだって楽しく暮らしたい。いい知恵はないですか? 弱いネズミが、幸せに生きる方法はありませんか?」真剣に聞いた。 「無理だよ。ネズミは、しかたがないのだよ。」父は、あきらめたように言った。 「オイラは嫌だ! ネズミだって幸せになりたい。」魂の叫びだった。 「そうだチュー太、ワシもそう思う」おじいさんが同意してくれた。 「ワシは非力だったから、仲間からもイジメを受けた。だから勉強した。 知識しかなかった。弱いネズミは助け合わないといけない。 助け合って皆で幸せになる。いい考えだぞ!」いつも傲慢だったので、こんな弱音は初めてだった。 チュー太の気持ちは、この話で変わった。 逃げてばかりのくせに、口先ばかりで威張りちらす。しかし、90歳まで生きた。 智恵で生き抜いた。学ぶ価値がある。と考えを改めた(あらためた)。 「チュー太、幸せに暮らせる方法があるよ」おじいさんは、自信を持って言い切った。 「本当! そんな方法があるの」身を乗り出した。 「答えは、人間だよ」 「人間!」驚いた。 「人間の家に居候(いそうろう)するのだ」 「人間は、オイラ達が嫌いだよ。追い出されるよ」 「気付かれなければ大丈夫だ! そこでルールだ。ルールさえ守れば気付かれない。ワシの経験だ。 ワシは、80年も人間の家に居候したのだぞ! 信じろ」今夜のおじいさんは、頼り(たより)甲斐(がい)があった。 しかし、まだ納得がいかなかった。 「いいかチュー太、この森はいい棲家だ。しかし、ここに住む限り敵に襲われる。 洪水のように自然も牙をむく。しかし人間の家は、イタチも猫もヘビもタカもいない。 洪水だってない。発想を変えろ! 非力なワシが90歳まで生きたのは、人間のお蔭だ。 人間の知恵が守ってくれた。ネズミは、生き抜く事が大切だ」 生き抜く事が大切。という言葉に、納得した。 「分かりました。是非(ぜひ)、教えて下さい」良いものはいい! 素直(すなお)だった。 「よし。家探しだ。先ず、ネコがいない事。二階建てがいい。小さな子供がいる事。 タバコを吸う住人がいる事。この条件を満たす家を探せ」 「ネコは分かるけど、あとは分からない」 「先ず、小さな子だ。大人は、一階に住む事が多い。二階は、子ども部屋だ。 ワシ達は二階の屋根(やね)裏(うら)に住む。大人に見つかりにくい」 「なるほどね。じゃ、タバコは?」 「ヘビ除け(よけ)だ。ヘビは、タバコの吸い殻(すいがら)が嫌いだ。入口に置くと、入って来ない」 「知らなかった。さすが!」 「分かったら早速、探して来い」チュー太は、飛び出して行った。 その日の夕食時、嬉しそうに報告した。 「おじいさん、ピッタリの家があったよ。明日、一緒に下見してよ」 「オイラの家族だけじゃないよ。少なくても3家族。それに一人暮らしのおばあさん達。 30匹程のネズミが一緒に住む。それを前提(ぜんてい)に確認(かくにん)してね」 「そんなにたくさんか!」 「そうだよ。皆で助け合って暮らすのだ。問題は皆で解決する。歳を取ったら、助け合う」 「そのとおりだ。家族だけじゃ大変でも、お隣さんと協力する。弱い者は助け合う。 ワシの理想だよ。よし! ネズミの楽園を作るぞ」家は、理想的だった。おじいさんも納得した。 チュー太には、この家に住みたい理由があった。小さな女の子がいたからだ。 家探しの途中に見かけた女の子は、気持ちを捉え(とらえ)て離さ(はな)なかった。 妹を思い出した。ヘビに食べられたかわいそうな妹。女の子が妹に重なった。 絶対にこの家に住みたかった。 月のない夜明けに希望者全員、音もなく引っ越した。 二階の屋根裏に落ち着いた30匹を前に、チュー太が宣言(せんげん)した。 「皆さん、ここにはイタチも猫もヘビもいません。洪水もない安心で安全な棲家です。 しかしここは、人間の家で私達は居候です。必要なのはルールで、大切なのは守る事です。 ルールを守ってこそ、ここが安心で安全な棲家になります。ルールは一つ、静かにする事です。 ルールを守り、助け合ってここをネズミの楽園にするのだ! チュー」 「そうだチュー」「チュー」「チュー」「チュー」全員、静かに拍手した。  リーダーとして皆の為に行動した。食料は、若いものに調達させ、年配者に配給した。 「チュー太さん、ここは最高よ。冬は、巣穴で震えていたのに。ここは暖かい。 私達も連れて来てくれてありがとう。本当にありがとう」老ネズミ夫婦は、何度もお礼を言った。 チュー太は、夢を実現させた。 「温かい空気は上に集まる。だから屋根裏なのだ。床下だと今頃、震えていたぞ。」  また一つ、おじいさんの知恵に驚いた。環境が変われば、必要な能力も変わる。 森では力だが、ここでは知恵だ。納得したチュー太は、さらに勉強した。 女の子と話がしたかった。新しい目標があった。 安心、安全な棲家を手に入れたネズミ達は、幸せに暮らした。 しかし、30匹の大所帯(おおじょたい)。人間に気付かれてしまった。 気付いたのは、二階の女の子だった。女の子は、天井を見上げて言った。 「ネズミさんいるの? 安心して誰にも言わないから。ご飯、ここに置いとくね」 ビスケットを机の上に置いてくれた。優しかった。 チュー太は、ビスケットを仲間に分けた。 幼稚園から帰って来た女の子は、ビスケットがなくなっている事に喜んだ。 「ネズミさん、ビスケット食べてくれてありがとう。今日はアメをおいとくね」 毎日、お菓子をくれた。  幼稚園から帰ると、話しかけてきた。 「ネズミさん、ネズミさん、出て来て。」耳をすまして、一生懸命に聞いた。 言葉を理解しようと猛勉強した。 教科書は、テレビだ。この家は、一日中テレビをつけていた。 おじいさんは、テレビを教科書にチュー太に人間を教えた。 ニュース番組で、最先端の知識を解説した。ドラマで人間の気持ちを教えた。 チュー太のお気に入りは、恋愛ドラマだった。 舞台は学園や企業と色々だが、常に女の子を恋人役に空想を楽しんだ。 話がしたい。夜も寝ずに勉強した。 天井を見上げる女の子の瞳は、かわいかった。妹だと思った。 チュー太は、出て行きたかった。愛おし(いとおし)くてたまらなかった。 女の子は、外に遊びに行かない。 どうして外に出ないのかな? 友達と遊ばないのかな? と心配した。 今日は、絵を描いていた。ネズミの絵だった。 「天井のネズミさんはこんな耳かな? おヒゲは長いかな?」と歌いながら書いていた。 描き終え、天井を見上げた。 「ネズミさん、私寂しいの。お話がしたいの。私のお話を聞いてね。」 一生懸命に耳をすました。 「ネズミさん、私、一人ぼっちなの。ママは遠くに行っていないの。幼稚園でも お話しする友達がいないから、寂しいな。ネズミさん友達になって」時折、涙を浮かべていた。 可哀想でしかたがなかった。毎日話し掛けて来た。その度に思った。 今日も、お友達と話せなかったのかな? 一人ぼっちだったのかな? 辛いだろうな。 元気にしてあげたい。ママがいないという共通点も、より身近に思わせた。 その日も、絵を書いていた。貰ったアメを絵の上に落とした。 少し驚いたみたいだったが、「これ、私があげたアメ。ネズミさんいるの?」とキョロキョロした。 「チュー」小さい声で鳴いたら、こっちを見た。 目が合った瞬間、「ネズミさん、こんにちは。かわいい。ミッキーさんみたい」と微笑んだ。 女の子の言葉に聞き耳をたてていたので、チュー太の耳は大きくなっていた。ミッキーマウスの様に。 ケンカ三昧(ざんまい)の森の頃とは違い、顔は穏やかになっていた。 「初めましてネズミさん。私、美代(みよ)です。ずっと話を聞いてくれてありがとう。 私、ネズミさんの絵を描いたよ。ねぇ、見て! でも想像以上にカワイイ! お友達になってね」 嬉しそうにスケッチブックを開いた。 ビスケットを食べるチュー太、走るチュー太、色んなチュー太が描かれていた。 「嫌われそうだったから、出てこられなかった。でも話は、ずっと聴いていたよ」目を見て、話した。 「私、嫌ったりしないよ。天井を見て話すと、声が聞こえるみたいだったから」気持が通じた。 「私達、お友達よ。毎日、降りて来て。」 その日から、机で帰りを待った。 元気付けたいと、帰りを待った。 「ママはどうしたの?」 「ママは、遠い所に行ったの。帰って来るまでこのおばあちゃんの家で待っているの」 「オイラもママがいないよ」 「ネズミさんも、どうしたの?」 「ヘビに食べられたのさ。もう会えない」 「ヘビに、キャー怖い!」 「美代ちゃんのママは遠くに行ったけど、必ず帰って来るよ。」 「美代に会いたいと思っているかな?」不安そうにつぶやいた。 「会いたいと思っている。母親の気持ちはネズミも人間も同じだよ。」 一生懸命に話した。女の子を元気にしたい一心(いっしん)だった。 「ネズミさん、ありがとう。私、待つ。頑張るから見ていてね」 「それから友達がいないって」 「そうなの幼稚園で話せるお友達がいなくて、一人でお弁当を食べるの」 「一人で! 淋しいだろう? オイラが人間だったら、毎日一緒に食べるのに」 「ネズミさん、ありがとう。ネズミさんが人間だったらいいな」少し微笑ん(ほほえん)だ。 「美代ちゃん、可愛いよ! その笑顔だよ。いつも笑顔でいてごらん。笑顔。」 「笑顔?」 「そうそう。オイラは、いつもそうしているよ。オイラ達は、いつ死ぬか分からないから、いつも楽 しく笑顔でいる。笑顔でいたら楽しくなれるよ。」 「いつ死ぬか分からない! ネズミさんは大変だね」驚いた様に聞いていた。 「そうだよ。イタチ、猫、ヘビ、カラス。敵がいっぱい! いつ食べられるか分からない。 だから一生懸命に楽しく生きているのさ」丁寧(ていねい)に説明した。女の子は、興味深そう(きょうみぶかそう)に聞いている。 「私は、殺されたりしないから、ネズミさんの方が大変ね。明日死ぬかも?  だったら、今を楽しみたいよね」同情(どうじょう)し、共感(きょうかん)してくれたようだった。 「本当に笑顔でいたら、楽しくなれる?」すがりつく様に聞いて来た。 「絶対になれるよ。今だったら、おはよう。今日も寒いね。と話しかけるの」 自分がやっている事をそのまま教えた。 「分かった。おはよう。今日も寒いね。明日からやってみる」 それから毎日、心配した。笑顔でいるかな? 挨拶(あいさつ)出来たかな? お弁当は一人かな? 心配でしかたがなかった。 お弁当を、一人で食べる姿を想像すると、かわいそうで涙が出た。 数日後、元気よく帰って来た。玄関から二階に駆け上がる足音が聞こえ、ドアが勢い良く開いた。 「ネズミさん、初めて隣の人とお話ししたよ。おはよう。寒いね。と挨拶したの。 その子は、本当に寒いね。氷が張っていたよ。と答えてくれた。 そして、寒い。寒い。と二人で手をつないで笑ったの」涙を流しながら話した。とても嬉しそうだ。 それから数日。最近、美代ちゃんは元気がない。幼稚園から帰って来ても机に座ってうつむいている。 チュー太は気になって仕方なかった。 「美代ちゃん。どうしたの?」思い切って尋ねた。 「ペンダントをなくしたの。ママから貰った大切なペンダント。ママが帰るまでこれをママと思って持っていなさい。ママがくれたペンダントなの。なくしたら、ママと逢えない」涙が流れた。 「そのペンダント、外に持って行った?」祈る様な気持ちで聞いた。 「ママと一緒にいるみたいだから、いつも首にかけているけれど、お家の中だけ」ハッキリと答える。 「じゃ、家の中にあるよ。オイラが探す。安心して」断言した。美代ちゃんを元気にしたい! 「本当? ネズミさん。探してくれるの?」目がキラキラ光っている。 「明日、幼稚園から帰ってくるまでに見つけておくよ」少しかっこよく答えた。 「ペンダントは、ママとの絆(きずな)! 難しい言葉だけど、覚えておきなさい。と教えてくれた。ママの思い出。ネズミさん。必ず見つけてね。お願いします」丁寧(ていねい)に頭を下げた。 チュー太は、嬉しくて爆発しそうだった。もう、走り出していた。美代ちゃんにお願いされた。 絶対に明日までにペンダントを探し出すぞ! 家中を探し回った。机の周り、トイレ、お風呂、ベッドの周り。人間の目が届かないような隅っこ(すみっこ)まで。でも、ない。さすがのチュー太も疲れた。もう真夜中だ。家の人はみんな寝静まっている。電気も消えて真っ暗。チュー太は、あせった。こんなに探したのに! でも、あきらめない。美代ちゃんの為だ。頑張るぞ!  「チュー太よ。美代ちゃんの行動を思い出せ。家の中で何をしているか、もう一度考えろ。そしてそこを探せ! 漠然(ばくぜん)と探してもダメだ。絞って探せ!」頑張るチュー太におじいさんがアドバイスした。 チュー太は、考えた。幼稚園から帰って何をしているか? 美代ちゃんの行動を目に浮かべた。夕食を造るおばあちゃんのお手伝いをしている。夕食が出来るまでいつもバタバタしている。そうだ、台所だ! 一生懸命にお手伝いをしているから、ペンダントが落ちた事に気が付かなかったかも? 台所にある。確信した。 テーブル、食器棚。床を這いずり回った。それは、冷蔵庫の下にあった。真っ暗闇の中で、キラリと光る物があった。「あった! これだ」美代ちゃんの喜ぶ顔が浮かんだ。 二階に駆け上がった。カワイイ寝顔ですやすや寝ていた。机の上にカバンがキチンと揃えてあった。 その横においた。夕食も忘れて探し回ったので、疲れていた。喜ぶ顔を思い浮かべながら、眠った。 目を覚ました美代ちゃんは、ペンダントを見てピョン、ピョン飛び跳ねて喜んだ。 「ネズミさん、ありがとう」机に乗って天井に手を差し出している。 「また、会えるという希望。人間は、希望があれば、頑張れるとママが教えてくれた希望のペンダント! ママとの絆。ネズミさん。ありがとう。うれしいよ」頬は真っ赤だ。 チュー太もうれしかった。ネズミの楽園を造った時と同じ位に満足していた。 「希望があれば、頑張れる。絆」人間の心の強さを教えられた。 女の子とのふれあいで、分からない事がたくさんあった。 早速、おじいさんに尋ねた。 「人間は、嬉しい時にも泣くの?」 「心だ。悲しい時、悔しい時、そして嬉しい時にも泣く。全て心があるからだ。 心は、この世で人間だけが持っている」おじいさんは、チュー太を見つめて続けた。 「夢の様な話がある。神様との契約(けいやく)だ。全ての生き物には魂(たましい)がある。 魂が心になれば、その生き物は来世人間に生まれ変わる事が許されるという契約じゃ。 ワシの夢だった。人間になりたかった。心が欲しかった。心は知識だと思った。だから、勉強した。」 驚きだった。こんな話、初めて聞いた。こんな素直なおじいさんを初めて見た。 「やっとわかった。心とは優しさだ! おまえには、備わっている。食事を中断してまで、中華を集めてくれた。洪水の中、助けてくれた。弱い仲間の為にこの楽園を造った。美代ちゃんの為にメシも食わずにペンダントを探し回る。おまえに心がある証拠だ。 見返りを求めず、相手の為に努力する。これが心だ。人間は、それを愛と呼ぶ。 チュー太、おまえなら出来る。もっと心を磨け。そして来世は、人間に生まれ変われ。 今は、地球の危機だ。全ての生き物の為に、人間の力が必要だ。 チュー太、自然に感謝する人間になってくれ。そして、地球をよくしてくれ」大きな夢を託された。 「不思議な話だね」 「謎だ。しかし人間は、この謎を輪廻(りんね)転生(てんせい)という言葉で説明している。」夢の様な話だった。 来世は、人間に。ネズミのオイラが死んでも、人間のオイラがまた生まれる。 輪廻転生? 人間として女の子に逢える! いつもそばにいて、守ってあげられる!  もっと、もっと勉強がしたくなった。 不思議な話の翌日だった。女の子が、勢いよく帰って来た。 「ネズミさん! 聞いて。聞いて。今日ね、一緒にお弁当食べようって誘われたの。 ネズミさんが言った様に、朝から笑顔で挨拶していたら本当に楽しかった。ニコニコしていたら、 一緒にお弁当を食べよう。と誘われたの。初めてよ。お話ししながら、二人で食べたよ。」 「良かった。良かった。オイラも嬉しいよ」 「ネズミさん、ありがとう。これからも頑張るね」手を動かしながら全身で喋っている。 美代ちゃんに友達が出来た! 良かった。良かった。嬉しくて、泣いた。 「ネズミさんも泣いてくれてありがとう。一緒に喜んでくれて嬉しいよ。明日も笑顔で頑張るよ」 そんなチュー太を見て、おじいさんは言った。 「それが心だ! 女の子を心配する。悲しみを癒そうと努力する。 そして一緒に喜ぶ。心がないと出来ない。おまえは、立派な人間に生まれ変われる。」 新しい夢が生まれた。人間に生まれ変わって、美代ちゃんを守りたい! 絶対に実現させるぞ! 美代ちゃんは、楽しそうに幼稚園に行くようになった。 天井に話しかける回数が減った事が寂しかった。 三月になった。ある暖かい日曜日、ママが帰って来た。 ママは、美代ちゃんを抱き締め(だきしめ)泣いていた。 「ごめんね。ごめんね。これからは、ママと二人で暮らそうね。もう離さないから」 美代ちゃんも、ペンダントを握り締めて天井を見上げていた。 天井で、チュー太も泣いた。 久しぶりに話し掛けて来た。耳をすました。 「ネズミさん、ママと別の町で一緒に住む事になったから、お別れなの。 ママと一緒は嬉しいけれど、ネズミさんと別れる事は悲しい。別れたくない。 イジメを受けたら、どうしよう。ネズミさんがいないと、頑張れない。一緒に来て」泣きながら話した。 美代ちゃんは、ママと暮らすのが一番だ。一緒に行きたい。でもオイラにも家族がいる。仲間もいる。 それにオイラは、リーダーだ。その責任を果たせば、人間に生まれ変われるのだ! 美代ちゃんを守る為にも人間に生まれかわりたい!  一緒に行きたい。でも、人間に生まれ変りたい。チュー太は、悩んだ。言葉が見つからない。 まず今、美代ちゃんを元気にして上げたい。一生懸命に方法を考えた。 美代ちゃんを笑顔にするアイデアが浮かんだ。それはチュー太もワクワクする程のグットアイデアだ。 早く美代ちゃんに伝えたかった。 翌日、慌ただしく引っ越しが終わった。 2人は出て行ってしまった。二階は、何もなくなった。 机もなくなった。お菓子を置いてくれた机、絵を書いていた机。 笑顔に出来なかった。気持ちを伝えられなかった。追いかけて行きたいと思う程残念だった。 美代ちゃんは、荷物を積んだ車の中で元気がなかった。涙ぐんで座っていた。 突然顔を上げ、思い詰めた様にママにお願いした。 「ママ。忘れ物! もう一度おばあちゃんの家に戻って欲しい」必死だった。 「もう一度、戻れ? 何を忘れたの?」ママは、不機嫌そうだった。 「私の絆」一番好きな言葉を言った。 「美代の絆? 大人になったわね。分かったわ。戻るね」ニッコリ微笑んで、車を戻した。 突然、美代ちゃんが帰って来た。 「ネズミさん。ネズミさん。出て来て。お願い。ママに我儘を言って帰って来たの。 だって、大切な物を渡してなかったから。」美代ちゃんはあせっていた。 すぐに出て行った。美代ちゃんは、チュー太を両手で抱き上げた。 「一緒に行きたいけれど、お別れね。ネズミさんは、ペンダントを探してくれた。悲しい時に助けてくれた。そして笑顔を教えてくれた。この絵、私が描いたの。二枚あるよ。一生懸命に書いたよ。 私、ネズミさんがいないと頑張れないよ。」ポロポロと涙がこぼれた。 絵の女の子は、チュー太と手をつないでいた。 タイトルは、「大好きなネズミさんと」と大きく書いてあった。 チュー太は、一生懸命に考えたアイデアを力強く告白した。 「美代ちゃん。将来、これと同じ絵を持った人間が現れたら、 それは人間に生まれ変わったオイラだと信じて下さい。 必ず人間になってあなたを守ります。約束します」ハッキリと言い切った。 「素敵な約束! ネズミさんが人間に。その日を信じて頑張る。希望があるから頑張れる!」 チュー太の告白を聞いた瞬間、美代ちゃんは笑顔になった。 「必ず現れてね! この絵が私とネズミさんとの希望の絆!」 「希望の絆。オイラも逢える日を目指して頑張る」 「一緒に頑張ろうね!」チュー太と美代ちゃんが同時に言葉にした。 「ネズミさん、元気でね」 「美代ちゃんも元気で」 美代ちゃんは、笑顔のまま車に乗った。 美代ちゃんをのせた車が見えなくなるまで見送った。 美代ちゃんは、もう泣いていなかった。笑顔で絵を見つめていた。 美代ちゃんを笑顔に出来たぞ! チュー太はガッツポーズを作った。 何もなくなった二階に絵が残った。絵を持って再会するシーンを想像した。 学生服姿のチュー太が、美代ちゃんと手を繋いで登校している。 スーツを着たチュー太が、美代ちゃんに仕事を教えている。 夢は、果てしなく広がった。 絶対に人間に生まれ変るぞ。 人間は希望があるから頑張れる! おしまい。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!