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出会い
くさった馬鈴薯を持って、僕は路地を駆ける。闇市の立ち並ぶ路地は舗装されておらず、砂ぼこりが絶えず僕の視界を遮った。
「待ちがやれっ! この泥棒小僧!!」
そんな僕を、怒り狂うおじさんが追いかける。
生きるために、悪いことをした。僕は盗みを働いたのだ。それも、闇市に売られていた腐った馬鈴薯を一つだけ。その一つの馬鈴薯のために、僕はおじさんに追われる羽目になっている
避難先だった尋常小学校は焼夷弾で焼かれて、そこでおっかさんもおっとさんも亡くなってしまった。
一人になった僕は、物乞いもしたし靴磨きもしたけれど、縄張りを荒らすなと同じ孤児たちに袋叩きにされて隣町のこの闇市に流れ着いたのだ。
限界だった。閻魔様に怒られるよりも、腹が減っている方が苦しいし、それで死ぬ方が恐かった。そうして、僕は盗人になったのだ。
駆ける。僕はひたすらに駆ける。転んで、僕の眼の前には地面が広がる。おじさんが僕を仰向けにして、その顔をひたすらに殴ってくる。痛いとか、悲しいとか、そんなものは感じなかった。
腹が減りすぎてて、それどころじゃなかった。
「おやめよ! おじきっ!」
凛とした女性の声がした。おじさんが僕を殴るのをやめて、前方に立つ女性へと顔を向ける。僕は起き上がり、その女性を見つめていた。
赤い。夕日のように赤い着物が印象的な人だった。その人が、切れ長の眼でじっと僕をにらみつけて、にかっと僕を殴っていたおじさんに笑ってみせる。そしてその人は、とんでもないことをおじさんに持ちかけてきたのだ。
「この子、私に売ってくれないかな?」
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