危うさ

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危うさ

 店の路地裏で、茜さんと誰かがけんかしている声が聞こえる。ふっと僕は眼を覚まして、夕光に照らされる窓から路地裏を見つめる。僕を殴っていたおじさんと茜さんが何かを言い争っていた。  あのガキを見逃してやったんだとか、一発やらせろとか、卑猥なことをおじさんが言ってるのが廓の二階にいる僕からも聴こえてくる。ぎょっと僕は眼を見開いて、そんな茜さんとおじさんのやりとりを見つめていた。  茜さんが僕のせいで脅されている。そんなおじさんに一歩も引くことなく、茜さんはじっとおじさんを睨みつけていた。 「闇市を取り仕切ってる頭かなんか知らないけどね、私に手を出したらあの人が黙っちゃいないよ」 「はは……。旦那はあいにくと大陸の方だ。誰もあんたのことなんか助けちゃくれないよ。殴って教えてやったのに、そんなことも分からないのか?」  ふと茜さんの頬が赤く染まっていたことを思い出し、僕は眼を見開いていた。目の前のおじさんが茜さんを殴ったのだ。 「誰かっ! 人が襲われてるよ!!」  とっさに僕は叫んでいた。茜さんがこれ以上危ない眼に合うのを、見ていられなかったからだ。僕の声を聴いて、路地裏に人が入ってくる。おじさんは驚いた様子で茜さんから素早く離れ、その場を後にしていた。  困った様子で茜さんが顔をあげ、僕を見つめてくる。僕はそんな茜さんに苦笑してみせた。茜さんはそんな僕をにらみつけ、駆けつけた人々に顔を向けてみせる。  駆けつけた人の中には巡査さんもいて、茜さんは大したことはないとか言いながら巡査さんに笑いかけていた。  そんなことはないのに。  そんな茜さんの危うさが、僕は妙に気にかかったのだ。 「もう、あんな危ないことはよしてよ。あなたに何かあったら、本当に私どうなっちゃうか……」  ぎゅっと茜さんが僕を抱きしめてくれる。赤いワンピースを着た僕は、そんな茜さんを抱きしめ返していた。 「だって、茜さんに何かあったら僕、どうしたらいいの?」  僕は茜さんがいなかったら、とっくにあのおじさんに殴り殺されていたかもしれない人間だ。そんな人間が生き残これるほど、この世の中は甘くない。  それを嫌というほど僕は思い知らされたし、そんな僕を茜さんが救ってくれた。茜さんという保護者がいなくなったら、僕はどうなるのだろうか。 「そうね、そうだったわね。私がいなくなったら、誰があなたを守るんだろ」  茜さんが苦笑する。彼女は僕の額と自分の額を突き合わせて、笑ってみせた。 「助けてくれたお礼に、今日はカフェで出るケーキをおごってあげる」 「あれ、凄く高いんじゃなかったっけ? 坂井さんが怒らない?」  坂井さんとは、このカフェを仕切っている主人のことだ。何も言わない寡黙な人だけれど、睨みつけられると本当に怖くて凄みのある人でもある。 「大丈夫よ、あの人。甘いものも目がないから。一緒に食べてあげて」  笑いながら茜さんが僕の頭をなでてくれる。あの人と一緒にケーキを食べてもあんまりおいしくないなと、僕は苦笑していた。
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