嫌いな人

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嫌いな人

 俺は安藤ももかが嫌いだ。 「ご協力ありがとうございます」  駅で痴漢を引き渡し、証言やら証拠やらを鉄道警察に渡してお役御免となった。一緒に犯人を見張っていた屈強な男は、俺と握手を交わした後、俺の勇気と行動力を賞賛し、ついでに俺の身体についても賞賛して去っていった。 「…あの、深山くん、その…ごめんね…」  また消え入りそうな声でなにか言っている。無視したいところだが、これから同じ方向へ行くのだ。不自然が過ぎる。 「安藤」  痴漢被害者の比較的小柄で胸囲のやや大きい女子は俯いていた。 「大丈夫か」 「ぅ、うん」  安藤を助けるのは何度目だろうか。学校の事だけならいざ知らず、学外でもこうなるとは。 「いつも、ありがと」  俺はカチンときた。 「安藤、いつもいつも俺が助けられるとは限らないんだ。今回も俺が気づかなければどうするつもりだったんだ。そろそろ周りに助けを求められるようになってくれ」 「ぇぇ…でも…」 「頼むから俺の心配事を増やさないでくれ」 「ふふ、うん」  なぜか安藤は笑った。 「深山くんが………緒にい…ばい……よ」  電車が入ってきた音で安藤が何か言っていたが全く聞き取れなかった。いつもなら聞き直すが、腹が立っていたのでそのまま電車に乗り込んだ。  このままここでお別れしたい。  だがそれは無理な話だった。  安藤ももかは俺のクラスメイトなのだから。  学校に着くと担任に説明に向かった。 「よくやったな、深山」  男として当然のことだ。だがそんなことより気がかりな事があった。 「出欠の方は…」 「おー、ま、遅刻ってことにしておいてやる」  俺は笑顔を取り繕って礼を言い職員室を出た。安藤のお陰で皆勤賞が消え去った。  朝から嫌になる。  教室に入ると一瞬喧騒が止むがすぐ元に戻った。  席に着き学校指定の鞄から一式取り出して机に入れる。次は2限目か。 「柳井君。1限目に配られたプリントや連絡事項はあったかい」  俺は右隣の席の柳井君に聞いた。前後左右の席に座ってる生徒の中で1番まじめに授業を受けているからだ。 「あぁ、深山君の分のプリント、預かってるよ。それと宿題が出てて…」  柳井君は俺に一通り説明するとノートを貸してくれた。なんと手厚い!昼休みに図書室でコピーして素早く返そう。  学友の親切に打ち震えていると、安藤が教室に現れた。  クラスメイトに囲まれるとあっという間に安藤の姿は見えなくなった。そして代わる代わる事情を聞かれたり身を案じる言葉をかけられている。  俺は大きくため息を吐くと立ち上がってその群れに向かった。 「おい、君たち。安藤が困っているだろう。解散したまえ」  安藤の腕を掴んで引き出し後ろに回すと俺は全員を睨みつけて言った。  始業のチャイム5分前だぞ、お前たち!と言うのをグッと堪える。以前、彼らにはこう言ったほうが効果的だと友人がアドバイスをくれたからだ。  解散する一同を見送り席に戻ろうとすると、丁度真後ろにいる安藤が立ちふさがった。  正直邪魔だ。 「ぁ、ありがと…」  また蚊の鳴くような声で礼を言ってくる。ええい、礼ではなく自分でなんとかしろ! 「安藤、席に戻ろう」  以前、邪魔だ、と言ったら四面楚歌になったことがある。これもまた友人から教わった当たり障りなくすませる言葉だ。 「ぁ、ぅん…」  安藤は下を向いて席に戻っていく。あの胸では下は見えまい。  前を見ろ、前を。危なっかしくて嫌になる。  授業中。俺は淡々とノートを作る。  以前は黒板を写すだけだったのだが、近頃テスト前に友人達にノートを貸すことが当たり前となって から、なるべくわかりやすくノートを作ることにした。  先生の言動にも耳を尖らせ、試験の山を貼るために傾向や好みの区分を推察する。友人達は友人達で上級生から過去問を手に入れてくれる。Win-Winの関係だ。  ふと、ノートから顔を上げると安藤が友人となにやら話していた。  おい安藤、現在の授業の流れからすると、次に当たるのはお前だぞ。準備できているのか。いや出来ていないだろう。ほら、当てられた。慌てているのは自業自得だが、話していた友人や周りの友人よ、なぜ助けてやらないのだ。  安藤は申し訳なさそうに頭を下げると机に突っ伏した。クラスに笑いが起こる。笑う暇があるなら、一言助けてやるべきだろう。  目を落とすと、力任せに引かれた黒い線がノートを横断していた。  くそ、消さなくては。まったくだからあいつが嫌いなのだ。  昼休みは学食にいく。弁当持参なのだが友人達は学食で食べるので、俺も自然と学食で食べる。全員クラスが変わったから昼休みは集合できる貴重な機会だ。  俺がいつもの席に付くと、トレイに思い思いの昼食を乗せた三人組が同じ机に座った。 「ジュン、またももかちゃんのこと助けたんだって?」  ジョーが俺に切り出した。ジョーは一条のことだ。イチジョウだからジョー。喧嘩は拳、という彼を的確に表している。 「あぁ、見過ごすわけにもいくまい」  俺は弁当を眺めながら答えた。 「助っ人も板についてきたんじゃね」  マーシーが俺に聞く。マーシーは、田所正志だからマーシーだ。前はタッシーと呼ばれていたが、いつの間にかマーシーになっていた。そんなに変わらんな。 「馬鹿を言うな。嫌になる」  母が作る弁当はいつも色鮮やかで美味しい。至福の時だ。 「あ、そいやウチのクラスで話題になったけどジュンとももかちゃん付き合ってんの?」  ユーゴが言う。ユーゴとは真田のあだ名だ。真田優吾だからユーゴ。パシリっぽくて嫌だから新しいあだ名を募集中だ。 「そんなわけないだろう」  ええい、ピーマンだ。現実は厳しいな。申し訳ないが噛まずに飲みこもう。 「でも、案外ももかちゃんはジュンのこと好きかもしれないな」  ジョーが続けた。 「それは困る」  弁当の中身は把握した。食べる順も計画完了。 「いただきます」  俺は手を合わせて軽く礼をした。 「なんでよ。あのももかちゃんだぜ?」  ユーゴが言う。うーむ、母さんの弁当はいつも美味い。 「まぁなぁ。学校の可愛い女の子ランキングと妹にしたい女の子ランキングで3位。ミス大和撫子コンテストで2位。胸の大きさも学校で4位。最高じゃん」  マーシーが続けた。 「なら、マーシーが付き合えばいい」  くそ、残りはピーマンか。お前を飲み下さねば弁当の完食はない…。 「いやいや、俺は彼女いるし。なぁ、ユーゴ」 「俺はももかちゃんは、まぁ、ワンチャンあればって感じ」 「ユーゴは二宮先生狙いだからな。巨乳は巨乳でも年上がいいんだと」 「ジョー、お前!言うなよ!」 「ユーゴ、お前バレてないと思ってんの。俺のクラスのやつ皆知ってるわ」  マーシーが続いた。 「どうせお前が言いふらしたんだろ」 「お前のためを思ってな。敵を減らしておいたわけ」 「よかったじゃないか」  俺はピーマンを飲み下した勝利の余韻に浸った。 「まぁ、そうだけどさ。でもほら、ハズいだろ」 「いやお前、後夜祭で派手な告白して振られるよりハズいことなんてないだろ」  ジョーが笑いをこらえながら言った。 「俺、お前が、好き!なんや!付き合ってください!です!」  マーシーが立ち上がり何やらモジモジしながら言う。 「…ごめんなさい。私付き合ってる人がいるの。あとこういうの苦手」  ジョーが立ち上がって続ける。 「え、あ、うん、そ、そうなんだ。うん、お幸せにね。あとごめんね」  少しの沈黙のあと、大爆笑するマーシーとジョー。 「もう、カンベンしろ…。してください……」  ユーゴは突っ伏して言った。 「あの時のユーゴの勇気は賞賛に値すると思うのだが」 「ジュン、俺達もそこは忘れちゃいない。漢を見せたんだからな」  ジョーは座りながら言った。 「でも傑作なのは、その後逃げ込んだ保健室で二宮先生に慰められて、速攻で惚れちゃったわけじゃん」  マーシーも座りながら言った。 「立派な漢だよ、ユーゴは」  俺は彼に自信を持って欲しくてフォローを入れた。  ジョーとマーシーは再び大爆笑した。 「あぁ!!立派だよ!!真田君!!」 「男として、憧れ、ちゃ、う、なぁ!」  ユーゴは顔を上げた。 「お前らなぁ…。でもジュンの気持ちは嬉しいぜ。次こそハッピーエンドにしてみせるぜ」  やはりユーゴは漢らしい。度胸もあるし、失敗をバネに新しい挑戦を始めようとしているのだ。俺も見習いたいものだ。 「じゃなくて、ジュン。お前だよ」 「そうそ、ユーゴのおもし、重たい話じゃなくて、ジュンの話」 「なんの話だ」 「だからさ、ももかちゃんはどうよ、ジュンは」 「どう、とは?」 「おいおい、ジュン。あ、そうかはっきり聞かないとか」 「ジュンは、ももかちゃんのことどう思ってんだよ」 「そうだな。厄介だと思っている」 「「「厄介」」」 「あぁ、同じ目にあっても進歩の兆しがない。サンドバッグか何かなのではないか」 「聞き方が悪かったな。ジュン、ももかちゃんのこと好き?嫌い?」 「嫌いだ」  俺ははっきり答えた。  と同時に、食器類が落ちる大きな音がする。食堂の喧騒が一瞬にしてやむ。俺が振り返ると、そこには案の定、安藤ももかがいた。 「おおーぅ、バッドタイミング…」  ユーゴが呟いた。  俺はすぐに席を立って安藤に駆け寄った。 「安藤、大丈夫か。怪我はないか」  へたり込む安藤は呆然とした顔で俺を見ている。  俺はため息を着くと、とりあえず安藤を後ろから抱え上げて俺が座っていた席に座らせた。 「安藤、服が汚れなくてよかったな。落ち着くまで座っていろ」  またこれだ。何かあるとすぐ固まってしまう。本当に勘弁してほしい。  トレイに落ちた食器を乗せていると、ジョーがやってきた。 「返却は任せろ」  ジョーはこういう時頼りになる兄貴分といった節がある。すぐさま合流して目の前の問題に取り掛かってくれる。ジョーは下に弟妹が3人いるからだろう。余談だが2人の妹への溺愛っぷりはちょっと見せられないレベルだ。 「サッサと済まそうぜ」  ユーゴがモップとバケツにチリトリを持ってきた。  ユーゴは男らしい上に、掃除の心得がある。なんでもバイトで養った経験だそうだ。 「俺も手伝うよ」  見物人を追い払っていつも通りの喧騒を呼び戻したマーシーも合流する。チャラチャラした印象を持たれやすいマーシーだが、周りの空気を読んで上手く立ち回ったり、空気を変えたりする事が上手だ。モテる男の嗜みなのだそうだ。  俺の自慢の友達の活躍でさっと事態は収集された。  まったく、安藤は俺の疫病神か何かなのか。 「大丈夫か、安藤。本当に怪我はないか」 「ぇ…ぅん…」  安藤は歯切れ悪く答えた。 「よし、わかった。保健室に行くぞ」 「え?」  俺は安藤を担ぎ上げると保健室へと向かった。  安藤が言い淀む時は大体嘘大丈夫だ。はっきり言えば良いものを申し訳ないから、という訳のわからない理由で言い淀む。  俺はそういう変な気遣いをする奴が大嫌いだ。 「どうみても誘拐じゃん」 「ま、いいんじゃないの」 「パンツは白だった」  2人はユーゴの頭と背中をはたいた。  保健室に入ると保健医の先生は不在だった。  安藤を近くのベッドに下ろすと、入り口に戻り扉をみた。昼休憩に出ている旨が可愛いイラストと共にホワイトボードに書かれている。 「保健医は留守のようだな」  俺は安藤に話しかけるが、安藤は俯いたまま微動だにしない。  やはり痛むのか。 「よし、脱げ」 「はぇっ?!」  安藤は残像を残しそうな速さで俺を見た。顔が真っ赤になっている。 「安藤、風邪か?」  俺は近寄っておでこを合わせる。俺が風邪を引くと母もよくしてくれたものだ。 「うーむ、微熱というところか。体調が悪いなら早く言うんだ」  安藤はまた固まってしまった。無理をするからこうなるのだ。 「とりあえず、体温計を挟んでおけ。まずは足からだな。痛いなら俺がやろう」  こういう時は本人よりも他人がサッとやった方がいいのだ。 「ぇ!ちょっ!」  俺は安藤の右の上履きを取り、靴下に手をかけた。 「うわ、なんだ、急に暴れるんじゃない」  安藤がいきなり足をばたつかせ始めた。 「わ!わ!わ!」 「おい危ないから…」  バタ足を止めようとしたら安藤の左足が顎に直撃した。 「ぐお…」 「ぁ、ごめ…」 「安藤…」  俺は立ち上がり顔を上げた。 「いいか安藤、その力を痴漢にぶつければいいんだ…」  俺は痛みに耐えた。男子たるもの女子の前で泣いてはならない。  …ぐぐぐ。  そのまま湿布と包帯を取る。この間に表情を戻す寸法だ。  再び安藤の元に屈み込む。 「やはり、足が腫れているな。トレイを落とした時足に当たったんだろう」 「ぁ…」  安藤の足の甲は腫れていた。それもそのはず、あの時のトレイにはスーパースタミナ丼デラックスの大盛りが載っていたはずだ。  ご飯だけで500gあり、それに豚肉と野菜を甘辛く炒めたものがのっている。それの大盛りだ。かなりの重さが足の上に落ちたことになる。打撲だな。 「早めに治療しなければ跡が残る」  俺は湿布を貼り付け、包帯を巻きつけた。  こういうのはジョーに教わった。喧嘩が趣味だったと自負する男は怪我の治療に詳しかった。 「これでいいだろう。靴下は履かせるか?」 「じっ!自分でやる!」  安藤は靴下を履き始めた。と同時に電子音が鳴り響く。そういえば体温計で体温を計らせていたのだ。安藤が体温計を左の腋の下へ入れていたのはしっかり見ている。痛めた足に靴下を履くのは大変だろう。俺はその間に体温計を見ればいい。  俺は安藤の体温計の手を伸ばした。 「ぇ!ばっ…ちょ…!」  安藤は手にしていた上履きで伸ばした俺の腕を殴りつけた。 「痛いじゃないか」 「じっ…自分でやるっ…から…!」  なら先に言って欲しい。制服の袖が白くなってしまったじゃないか。安藤はなにやらコソコソと体温計を取り出して眺めていた。それではなにもわからん…。俺は安藤から体温計を取り上げた。 「36度5分、平熱なのか?」 「ぁ、うん、平熱」  それならば安心だ。顔が赤くなったのは俺の運び方が悪くて呼吸が浅くなったからかもしれない。今度マーシーに女性の運び方を習おう。 「ではな」  俺がそういうと安藤は分かりやすく頭にクエスチョンを浮かべていた。馬鹿が。用事が済んだら、とっとと退室して何処へなりと行くがいい。俺は使用した薬剤や備品についてノートに記載せねばならないのだ。  安藤はなにやらキョドキョドとし始める。俺はそれを無視してノートに記入していく。 「ぁ、あの!!」 「あぁっ!」  安藤が急に大声を出すので、驚いて鉛筆を滑らせてしまった。ノートに無駄な線が走る。ええい、鬱陶しい。 「あの、あの、」  俺は消しゴムで丁寧に線を消して書き直した。 「あの、深山くん!」 「なんだ、安藤」  俺は努めて冷静に返事をした。声が少し震えていたが、問題ないだろう。 「深山くんは、その、えっと」  なにやらモジモジし始める。こういうところが嫌いだ。何か俺に言いたいならはっきりと言え。 「だから、そのね、あの」  接続詞、連体詞、連体詞。 「うんと、えっと、ね」  副詞、感動詞、終止助詞。 「あー、その」  感動詞、連体詞。 「深山くん」  名詞。 「なんだ」  俺はあからさまにイラついた返事をした。これはだれも咎めまい。 「うん、深山くんは、私のこと、嫌いなの?」  目が潤み瞳には涙が溜まっている。だが俺も男だ。 「安藤、俺は安藤のこと…」 「うん…」 「嫌いだ」  はっきりと言った。嘘を着けばお互いに傷つくだけだ。今はっきりしておかなければならない。 「やっぱり、うぅ…うー…」  安藤は泣き出してしまった。仕方ない。人に嫌いと言われれば誰だって傷つく。だがそれでいいのだ。その人間との関係を断ち、自分に良くしてくれる人間に時間を割くべきなのだ。  しかし泣いている女子を独りにするのは男子の名折れ。ここには俺一人しかいないので安藤が泣き止むまで待つことにした。立っているのも疲れるので安藤の隣に座った。 「ほら、これ使え」  俺はハンカチを安藤に渡した。安藤は一旦躊躇したがそれを受け取ると涙を拭いた。 「どういうとこ」 「ん?」 「私のどういうとこが嫌いなの…」 「それ、聞きたいのか?」 「うん…」  俺は感動した。安藤は自分を嫌う人間から情報を得て、自分を見つめ直そうとしているのだ。俺がどう嫌いかは安藤が好きに解釈すればいい。それで自身を高めようとする安藤の姿勢に俺は震えた。 「そうか、長くなるぞ」 「ぇ、長いの…?」 「事は1年の春、去年に遡る」 「クラス違うよね…?」 「あぁ、違うとも」  俺は話し始めた。  春、オリエンテーション合宿で知り合ったばかりの女子に代わる代わる男子を連れてこられて困っていた事。  廊下で自分の背丈ほどもあるノートの山をひとりで運んでいた事。  夏、当番のプール掃除を全部押し付けられてひとりでやっていた事。  夏休み、花壇の世話を1人でこなしていた事。  秋、美術教師に進められて美術コンクールに絵を出すため毎日遅くまで残っていたのに、結局美術部の絵を出すことになり、努力を無為にされた事。  文化祭でやりたくもないコスプレをさせられて客引きをさせられていた事。  冬、男子の告白を断り続けていわれのない噂を立てられた事。  新年のカウントダウンに強引に連れて行かれ知りもしない先輩とくっつけられそうになっていた事。 「ぇ、ぇ、え?ぇ。え?」 「これが去年の分。今年に入ってからは…」  通学電車では痴漢にいいようにされるし、授業中は助けもしない連中に嘲笑されるし、いつも掃除はいつも独りだし、体育の準備も独りだし、課題を職員室に独りで運ばされるし。 「ぇ、と、すとっぷ、ストップ!」 「なんだ、まだあるぞ」  安藤を見ると泣き止んでいた。 「えと、どこが嫌いなの?」 「いいか、安藤」  俺は一呼吸置いた後、正直に言った。 「やりたくない事を押し付けられても笑顔でやるのはいい。だがそれでお前のことを思ってもいなければ助けもしない連中にいいように利用されて、それでも怒らないでいるお前が嫌いなんだ」  安藤は真剣な目をしていた。わかってほしい。自分を大切に出来ない奴は惨めになるだけだ。 「ずっと見てたの?」 「そうだ。一年の時はクラスが違うし、事情もわからないから見てるしかできなかった」 「だから、掃除の時遅く残って手伝ってくれたり、課題を運ぶの手伝ってくれたの?」 「そうだ。体育は男女別だからな。流石に手伝えない」 「他の人も気になったりする?」 「いや、安藤だけだ」 「そっか…そうなんだ…」  安藤は何やらブツブツとつぶやいた後、俺の目をまっすぐに見つめた。俺の気持ちがきっと届いたに違いない。目がキラキラしている。ん、なんか顔が近くないか。なぜ目を閉じたのだ。なんだか甘い匂いがするな。 「あれ、誰かいる?」  外から声がすると同時に保健室のドアが開け放たれ、保健医の二宮先生が戻ってきた。 「あ、先生、お疲れ様です」  俺は立ち上がった。 「ん!」  後ろの方で安藤がベッドに倒れる音がした。 「ありゃー、先生邪魔だったか」  二宮先生が頭かいた。 「いいえ。保健室に保健医が居なければ困るのは生徒です」  問題ありませんと付け加える。 「あっはは。安藤は苦労しそうだ」  俺が振り返ると状態を起こした安藤が二宮先生を睨みつけていた。  俺が安藤に声をかけようとした時、廊下からまた一人保健室に入ってきた。 「にーのみやせんせー、けーがしちゃったー」  甘ったるい声を出したユーゴだった。 「お、真田。また来たの?」 「そうなんですよー、いやー、男子は生傷がたえないんだよなーって何見てるんだよ、二人とも」 「いや、すまん。すごい声を出すな、ユーゴ」 「おまっ、ちょ、アイツらには内緒にしてくれよ」 「任せてくれ。口は堅い方だ」  そのやり取りのあと、俺は安藤と連れ立って保健室を出た。 「深山くん」 「なんだ、安藤」 「私、頑張るから!」  安藤はそういうと駆け出した。いったいなんなのだ。立ち止まって振り返った安藤の表情から、俺は今までにない何か大きな厄介事が始まる予感を覚えた。  やはり俺は安藤ももかが嫌いだ。
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