4人が本棚に入れています
本棚に追加
そして今日も相変わらず、世界は終わらずに続いている。
「忘れものないよね。そろそろ出ないと遅刻しちゃう」
バタバタと持ち物を確認し、覚悟を決めて玄関から外に飛び出す。途端、想定していた以上の熱気と陽射しが身体を包み、どっと汗が噴き出してきた。
「ひええ、暑いい!」
足早に歩き出す。さすが八月。早朝だというのに殺人的な暑さだ。早く木陰に避難しないと、ドロドロに溶けてしまう。
「もう! これだから夏は!」
ふうふうと荒い息を吐きながらぶつくさ喘ぐ。どれだけ文句を言っても、太陽もセミも知らん顔で夏を演出し続けている。当たり前だけど。
これはしばらく終わりそうにないや。
ふとそんな感想が頭をよぎって、苦笑がこぼれた。
『俺さ、あれから少し考えてみたんだけど』
あの夜、通話したサトシ君の声が耳の内で再生する。
『やっぱりさ、答えってなると難しいなって思うよ。夏木さん自身が二十年かかってもはっきりできなかったんだから、当たり前だけどさ』
『うん』
『だからさ、答えなんて出さなくてもいいんじゃないかって思う』
その言葉を聞いた瞬間、何か固いものがごろん、と胸から外れてどこかへ転がっていった。
『出ないよ、答えなんて。だから、どっちもやり続けるしかないと思う。あっち取って、こっち補って、ふらふらし続けるしかないんじゃないかな』
やっぱり彼は、人の心が読めるんじゃないだろうか。だって私より一回り以上若いのに、こんなに欲しい言葉をするっと投げてくれる。
『俺、夏木さんなら絶対に小説家になれる、なんて無責任なことは言えない。読ませてもらった話は面白かったけど、小説のことは全然知らないし』
けど、なれたらいいなとは思うよ。
ぽんと投げ出すように軽く、だけど真剣な声色でそう言ってくれる。
『だから、また書いたらどうかな、って思うんだけど。いつかの明日、世界が本当に終わるまではさ。どうかな』
『……うん』
少年を励ますつもりでいたダメな大人はただ頷くことしかできなくて、気がついたら彼に励まされていたのでした。
サトシ君の世界もまだ、続いている。
時折メールで近況を知らせてくれる彼は、例の一件以来焦るのを辞めたそうで、もう一度やりたいことを考え直すことにしたようだ。
『だって、いい大人の夏木さんだって、まだ迷っているってわかったわけだし』
まだ若造の俺がすっぱり決められるわけないよね。
すっぱりそう言い切った彼はとても生意気で、でも悔しいけれど全くその通りだと思う。
「それにしても、暑いなあ」
手でひさしを作って空を仰ぐ。身動きに合わせてカサリと音を立てた鞄の中には、会社でもらった薄っぺらいノートが一冊。
『とりあえず俺、サッカーは続ける。でも、それで次に進むことは今はできないってわかったから、他も探すよ。どっちもやってみる。やれるようにする』
何が書けるかわからないし、ちゃんと完成させられるかもわからないけれど。とりあえずまた書き続けてみよう、小説。そんなことを今、思っている。
(完成したら……“彼”に連絡、とってみようかな)
学校一の秀才だった彼は、今頃どうしているのだろう。どんな大人になっているだろう。あの予言のことは覚えているだろうか。
二十年後に遭遇した予言のことを話したら、面白がってくれるだろうか。
「よし、今日も頑張りますか!」
汗をぬぐって気合いを入れる。ゴールもまだ見えず、そもそもどこに向かえばいいかもよくわかっていないけれど、とりあえず。
明日、世界が終わるまでは。
最初のコメントを投稿しよう!