2937人が本棚に入れています
本棚に追加
柏木はすぐに打ち解けた。
元々人見知りなどないだろう柏木は見上げるほどの上背を縮こめながらメモを取り、指導係の遥さんや真由ちゃんに付き仕事を教わっていた。
前職はアパレル関係の仕事だったらしく、接客態度も良く、最近は家に帰るたびに柏木を褒める遥さんがいる。
「外回りもやりたいんだって、眞人。お前の担当が減るとお前も少し楽になるから良かったな」
柏木が入社したことを素直に喜ぶ遥さんを前に俺も笑うしかない。
「あの、遥さん」
「ん、何」
二人してクローゼットに入り着替えながら声をかける。
「柏木、仕事のことだけですか?聞いてくるの」
「へ」
「プライベートなことは聞かれてないですか?」
ネクタイを衿から引き抜きながら背を向けたまま一気に聞いた。
必要以上に不安な感情を乗せてしまってはいないか。
遥さんの返事が聞こえるまでYシャツのボタンを外す手は止まったままだった。
「あ、そういや指輪のことは聞かれた。結婚されてるんですね、って」
「そうですか…」
スラックスを先に脱いだ遥さんがようやくネクタイに手をかける。
その手を掴んで止めてからネクタイを解く俺を遥さんが見上げる。
「お前とのことは聞かれてないから言ってないけど、聞かれたら答えていいよな?」
「なんて?」
「俺のパートナーは侑司だって」
微かにピンクに染まる耳を見て、気付かれないように息を吐いた。
「勿論です」
「ん」
ニコッと笑った遥さんがそのままの柔らかい表情で手を伸ばし、俺の髪を撫でる。
よしよしをするように髪を通る指を掴まえて指先に唇をつけた。
「………なぁ、明日は?」
「え?土曜日、です」
「会社は?」
「休みです、ね?」
俺の腰に遥さんの手が回る。
顎に擦り付けられる額。寄せられる顔が熱い。
「準備してくるから……仲良ししよ」
「今日ちょっと無茶してもいいですか」
「猫耳も手錠も何もまだ用意できてないけど…」
背中と項に手を回し引き寄せながら笑ってしまった。
「そんなの今日はいらないです」
ただあなたを抱き締めて、ただ抱きたいんです。
そう言った俺の首に音のするキスをした遥さんが小さな声でいいよと言った。
最初のコメントを投稿しよう!