19人が本棚に入れています
本棚に追加
同じマンションの、あの赤いコートの女である。それが傍らにシュッとした好青年を連れて、コンビニにやってきたのだ。
薙野が女をジッと見ていると、視線を感じたのか女の方も薙野に視線を向けた。
不意のことに少しばかり薙野は戸惑ったが、無視をするのも失礼なので、軽く頭を下げて挨拶をした。
女は表情を歪めて、そのまま薙野から視線を外した。
「誰? アイツ?」
「わかんない。知らない人」
ふと、そんな風に女と好青年が会話をしているのが聞こえた。
薙野は心を殴りつけられたような気分になったが、奥歯を噛み締めてそれをグッとこらえた。
もとよりただ同じマンションに住んでいるというだけの女である。
他人に少し毛の生えた程度の関係に過ぎないのだ。
ちょっと印象に残っていたというだけで、相手が自分を知ってくれているワケもない。
薙野は伏せ目がちに、周囲の全てから視線を外して、足早にレジへと向かった。
それから少しばかりが過ぎた、ある朝のこと。
その日は日曜日で、仕事が休みの薙野は朝ごはんを買うために少しだらしない格好ではあったが、それで外に出た。
そうして玄関を出てすぐに、また、あの女に遭った。
女は薙野のふたつ隣の部屋に住んでいたようで、そこのドアを施錠しているところだった。
どうやら、これから出かけるところのようであって、女は白いブラウスに薄手の青いカーディガンを羽織った格好で、赤いコートではなかったので、いつもよりも清楚な感じに見えた。
挨拶しようかとも思ったが、先日の一件が心を鈍らせた。
少し目を伏せて横を通り抜けようと薙野が思ったその時、
「おはようございます」
と、女が笑顔で薙野に言った。
薙野にしてみれば実に不可解な印象だった。
よく解らないな。
そう思いながらも、薙野は、
「おはようございます」
と、言った。
力無い挨拶だった。
最初のコメントを投稿しよう!