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数日前
それは日曜日の昼過ぎだったろうか。
ふと、薙野の部屋のインターフォンを押す者があった。
人間関係が下手な薙野には友人がいない。
訪ねてくるのは両親ぐらいのものだが、それも普段は遠く離れて暮らしているので、こんなに急にやってくるようなことはない。
不審に思いながら薙野はチェーンをかけてドアを開ける。
すると、そこにはまったく知らない男が立っていた。
漆黒のスリーピーススーツを着た、すっきりと刈り上げられた短髪の、少し気取った風の男だ。
勧誘か?
なんにしても物騒な世の中である。
知らない男とは関わり合いになりたくはない。
それに気取った風なのが気に喰わない。
「失礼します。進藤明日香さんという人のことを多少なりとも御存じではないですか?」
と、男は言う。
それがあまりにも聞き覚えのない名前だったので、薙野は「知らない」と答えた。
そして「もういいですか」と、半ば強引にドアを閉めた。
変な質問だと思った。
警察ではないだろう。警察はだいたい二人一組であって、それに質問の前には手帳を見せるのが常だ。
ではあの男は何者か?
奇妙に思い、薙野は少し様子をうかがうことにした。
その後、どうやら男は同じ階の部屋に、同じように質問していく。
どこか執拗な様子だ。
薄っすらとドアを開けて観察していた薙野は、ふと気付いた。あの男はあの赤いコートの女の部屋にだけ、質問していなかった。
アスカとは、あの部屋の女のことなのだ。
なるほど。
あの男も赤いコートの女に騙された口なのだろう。女を追っているのだ。
薙野はそういうふうに思って、以前、あの女に抱いた嘘の化身のような気持ちの悪さを思い出す。
やはり、自分の考えは正しかったのだ。
そう信じた。
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