第七話 この世界は未知に満ちている。

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第七話 この世界は未知に満ちている。

 夏祭り当日。待ち合わせ時刻は午後六時半。場所はこの街随一の繁華街から少し離れた通り道。普段は道路として使われているが、警察や地域民の方のおかげで道路規制が行われ、車やバイクが入ってくることはない。だから俺は近場の駐輪場に自転車を置いている。  屋台が所狭しと立ち並び、美味しそうな匂いが漂ってくる。そんな待ち合わせ時刻の五分前に俺は待ち合わせ場所である神社に到着。殆どの人が祭りで遊ぶ前に神社にお賽銭を行う。理由は分からない。でも、この街の祭りはこの神社に祀られている神様が元になっているとかなんとか。だから老若男女問わず、この祭りに参加する人は一度はここに訪れるのである。人はごった返すほどに沢山居て、ビックリしてしまう。  いつも思うが、この街ってどちらかと言えば過疎ってるとか言われてるんだぜ。それなのにこんなに人がいるとはな。そんなことを思いながら、携帯を確認。  メールには返事はない。一応、電話をかけてみるかと思っていると、神社の裏の樹に寄りかかる浴衣姿の女の子が居た。髪を可愛らしい髪飾りにで一つ結びにし、薄ピンクを基調とした花柄浴衣の女の子に。  女の子は俺にゆっくりと近づいてくる。へ? こんな美少女が俺に近づいてきている。  ま、まさかな。何を俺は勘違いしているのだ。俺がこんな美少女に相手にされる。  そんなこと有り得るわけないだろ。タキシードを着てくるべきだったか。  俺の服装は白のTシャツとGパンなんだが。  「和人! お、遅いぞ!」  その声には聞き覚えがあった。いつもファミレスで聞いていた声だ。その声を聞くと安心してしまう。こんなに人が居ると、逸れてしまうことがあるからな。  それに出会えなくなったりすることもあるから。  その声を辿るように目を向ける。そこに居たのは先程の美少女であった。  「もう、何ぼけぇーとしてるの? 大丈夫?」  やはり、この美少女である。それは彩だった。  「ご、ごめん。見惚れてた」  言った後にしまったと思った。俺は何を言っているのだかと。  「あ、ありがと」  彩は顔を仄かに赤く染めた。そして身体をうねらせる。その仕草は恥ずかしいのだろうか。もしかして、トイレの我慢か。  「あの、我慢してるんだったら、行ってきても良いんだぞ」  「え?」  何がって顔だ。やはり、女の子。確かにトイレに行きたいとは言い難いだろう。ならば、ここは俺が男らしく言うべきか。  「お花畑でも摘みにかな」  「け、結構よ! 大丈夫よ。しっかりと済ませてきたから」  顔は真っ赤になっていた。それに早口になっていた。  相手側がそう言うのなら、大丈夫だろう。  「あのさ、待たせたか? さっき、遅いって言ってたけど」  「全然待ってなんかないわよ。初めてのデートだからって、浮かれて早めに来たとか、そんなこと全然ないし。それに早く和人に会いたいと思って待ってたとか」  あぁーなるほど。要するに結構待ってたわけだな。  「そっか。悪かったな。ほら、行こうぜ」  俺は彩の手を握りしめる。彩が俺の指と指の間に彼女の小さな指を絡ませてきた。  そこまでするつもりはなかったんだけどな。顔が少し熱くなった。  俺は照れているのだろうか。  手を握ったまま、お賽銭に。  「なぁ、彩は何円玉を入れる?」  「勿論5円かな。ご縁があるようにね」  普通な回答だった。じゃあ、俺も5円たまにするかと、財布の中を探してみた。  だが、無い。だから仕方なく、150円を入れた。別に何も意味はない。  ただ今の俺は神にも願いたい気分なのだ。彩は俺の入れた額に負けじと100円玉を入れていた。そして神社の鐘を鳴らし、お願い事を。  美香の手術が上手く行きますようにとな。  ちなみに彼女の手術は明日に予定されている。  美香が辛い思いをしているのに、本当に夏祭りに参加しても良いのだろうかと思っていた。でも美香は言った。二人で楽しんできてと。  美香も絶対一緒に行きたかったはずだ。でも、その気持ちを押し切って。  アイツは昔から病弱で友達がいなくて、だからそんなアイツは海にも行ったこともないし、夏祭りにも行ったことがないらしい。  そんなのアリかよと思うよな。あんな少女がさ。自分とそれほど変わらないのに。  どこか大人っぽくて、でも子供で。そんな中途半端で危なっかしいんだよ。  突然居なくなったりするし。  だから俺はこの街、夏最大で最後のイベントである花火大会には一緒に行こうと考えている。日にちは31日。今日が23日だから、約1週間後だ。  手術後は安静にしていないとダメと言われたが、俺と彩がどうにか医者を説得した。  何度も何度も頭を下げた。それに美香の母親にも一緒に下げてもらった。  その結果、色々と条件を付けられたものの、どうにか許しをもらえることができたのである。  手を合わせたまま、黙っている彩。真剣そうな表情である。  でも、口元を見てみると、「美香」と呟いていた。  やはり彩も美香の為に願ってくれたのだろう。  願い終わったのか、にこっと微笑んだ彩。  「今からどうしようか?」  「うーん。そうだねー。まずはりんご飴が食べたいかな」  一度離していた手をもう一度、握り合った。彩からだった。  その声に頷いてから、俺と彩はりんご飴が売っている屋台を歩いて探した。  その時である。彩が呟いた。  「和人の手って大きいよね」  「そ、そうか? それを言うなら、彩の手は小さいよ」  「うん。大きいよ。こういうところって、やっぱり男性と女性の違いなのかもね。あ、そうだ。わたがしも食べたいし、たこ焼きも食べたい! それに焼きそばも! 焼き鳥も! かき氷も! 全部食べたいなぁー」  「そんなに食べれるのか?」  「ふっふっふっ。女の子と舐めてもらちゃ困るよ。こう見えても、結構食べれるんだからね」  その後、本当に彩は色んなものを片っ端から食べ続けていた。俺も一緒になって、食べた。正直、中学生にしてはかなりお金を使った方である。  街に俺は貢献してやったぞと思う気持ちだ。この祭りでの売り上げ金額である約2割は地元に寄付され、公園の美化などに使われる予定である。  正直屋台をやっている人達もお金目当てというよりも完全にみんなが楽しんでもらえるようにという感じで参加している。だからこそ、ほぼ毎年赤字状態らしいし、雀の涙程度の売り上げにしかならないそうだ。  「あ、彩じゃん。こんなところでなにしてんのー?」  いつも彩と一緒に居たクラスメイトである。つまり、俺ともクラスメイトに当たる。 隣には彼氏と思しき姿もある。だが、俺はこの男など見たこともない。多分、他の学校の奴だろう。それにお二人とも、甚兵衛と浴衣だとな。  お似合いじゃないか。  「モモの方こそ、驚いたよ。塾があるんでしょ?」  「あぁー今日は塾サボっちゃった、ハハ。それよりさ、この男は?」  おいおい、一応俺はクラスメイトなんだが。俺を忘れてもらっちゃ困るのだが。  「和人だよ。和人」  「和人?」  モモは俺の顔を凝視して、あぁーなるほどと手を叩いた。  「鈴木のことね。なるほどー、それにしても。どうして二人が? 二人って仲が悪かったんじゃ?」  「だからずっと言ってたじゃん。全部、他の男子が流した嘘だって」  「いやぁー確かにそう言っていたけど、本当だとわなぁー」  モモは俺の方をじっと見ていた。お前の彼氏からもギロッと睨まれているので、できるだけ早く目線を逸らして欲しいものだ。  「さては、夏に何かあったな。あ、それよりさ。鈴木! 鈴木、見違えるほどにかっこよくなったよ。前までは不健康すぎるほど、白かったし」  「そ、そうか?」  女子にかっこよくなったと言われるのは嬉しいものだ。だから、俺もモモも可愛いぞと言おうとしたが、彼氏さんの目がさらにギロリと光って見えたのでやめました。  「う、うん。でもやっぱり私はダーリンが一番かなぁー」  そういって、彼の腕を強く抱きしめる。彼氏さん、デレデレじゃねぇーか。  鼻の下伸ばしやがって。それも胸をグイグイ当てられて、喜んでやがる。  ちくしょー、羨ましい。というか、初めて見たよ。  あんなに女子の方からグイグイいく人。そんなこんなでモモカップルとはお別れになった。話を聞くに、彼女達も花火を見てから家に帰るらしい。  俺たちも一緒の計画である。  だが、その前にまだまだ食べたいものがあるらしい。食べる女の子は正直好きである。  もぐもぐと食べるところがこれまたいいんだよ。そして明るいところも。  元気一杯で隣にいるだけでこっちの方まで明るくなれる女の子。  それが彩だ。  「でもさ、こんなに人がいるのに知り合いには全く会わないね」  「それもそうだな。まぁ、逆に言えば、これだけ人が多いから気づかないのかもな」  「確かに。そうかも。あ、そう言えばね。今日はお姉ちゃんも来るって言ってよ」  「うぉ! まじか!」  是非とも、一度くらいは会ってみたいものだ。彩のお姉さんか。  彩みたいな美人さんなんだろうな。お姉ちゃんと彩の姉妹だと聞いたことがある。  本当に会いたいものだ。  「それよりさ、お姉さんって何をしてるんだ?」  「あぁ、都内の女子大だよ。でも今は帰省中なんだ」  「なるほど。年の差は?」  「私と三つ違い。でも学年的には4つ上なんだ」  どうやら早生まれらしい。そうか、都内の女子大通いか。  「あ、そうだ。写真見る? 最近お姉ちゃんと写真撮ったんだよ。って、……」  彩がスマホを片手に顔を隠していた。真っ赤になっているようだ。  「大丈夫か? いきなりどうしたんだよ?」  「だ、大丈夫。そ、そのなんだけど……ちょっといいかな?」  要件は分からない。だが、何かありそうだ。  「なんだよ。言ってみろよ」  「そのね、お姉ちゃんが和人に会って見たいんだって」  「え? まじ?」  願ったり叶ったりな気分である。でも緊張しちゃうな。それも彩のお姉さんだぜ。  とびきりの美人に会うのだ。これはこんな服で来るべきじゃなかったな。  「うん。本当。でね、お姉ちゃん。もうこの辺にいるって」  「おぉーい。あーやぁー」  後ろから大きな声が聞こえてきた。なんだなんだ、この展開は。  声の持ち主は浴衣は着ていなかった。けれど、青のタンクトップに黒のハーフパンツのスタイルがモデル並みの美人さんである。それよりも彩とは違って、黒のショートヘアーか。彩の髪は栗色のロングなのにな。  その美人は彩をぎゅっと抱きしめながら、  「あぁーあやちゃんは可愛いなぁー」と何度も言っていた。  彩の可愛さは子供っぽさがあどけないが、この人は本当に大人の魅力って感じだ。  「ちょっとやめて。姉さん」  「ふふふ。ごめんごめん。これも姉妹のスキンシップのうちだよ」  なるほど。この人が彩のお姉さんか。如何にもって感じだな。  それにしてもスタイル本当にいいな。もしかして、モデルとかやってんのか。  というか、こんな美人ならってやっぱり俺たちの周りを行き交う人々が注目してる。それも仕方ないか。こんな美人が二人もいれば、ちょっとした騒ぎになりますね。  あの人、超美人だよねーとかいう声がめっちゃ聞こえてくる。なんだか、居づらいな。  「嫌がってるんだからそれはスキンシップにはならないよ。逆に関係が悪化しちゃうよ」  「ははは、またまたあやちゃんは照れ屋さんなんだから。久しぶりにお姉ちゃんに会えてツンデレさんなのかな?」    「本気で言ってるの。やめて」  「ふふふ、やめないー。ところで、そっちの彼が噂の彼かな?」  こちらをニヤニヤした目で一瞥してくる。なんだ、そのニヤケ顔は。  思っていた以上にガッカリしたか。もっとイケメンだと思っていたか。  悪かったな、かっこよくなくて。  それでも挨拶はするべきだ。相手にどんな態度を取られたとしても。  「どうも初めまして。鈴木和人です。彩さんとは清く正しい友情関係を育ませていただいてます」  そう、今はまだ友人だからな。嘘はついてない。  「ははは。律儀だねー。あっ、と。お姉さんの自己紹介がまだだったね。ワタシは佐藤梨沙。気軽にリサさんと呼んでもいいからね。あ、それよりも君もお姉さんがいいかな?」  このグイグイ心の距離を近めてくる感じの人。俺は結構苦手だったりする。でもそれが美人だから良いんだよね。俺みたいな奴がグイグイ行くとするじゃん、するとだ。  なぜか、嫌がられたりするんだよな。世界はやっぱり残酷だな。  そんな時だ。後ろの方から女子軍団の声がした。リサーと彼女の名前を呼んでいる。  どうやら探してるようだ。  それに見た感じかなりの美男美女。おいおい、なんだあのルックスの良さは。  映画の撮影とかをやってるんじゃないだろうか。 「と、ところでだ、ぶっちゃけ彩ちゃんのどんなところが好きなの? ねぇねぇ教えてよ」  「あの、リサさん。名前呼ばれてますけど」  「いいんだいいんだ。今は妹の未来の旦那さんの方が気になるからねぇー」  「っ、お姉ちゃん。また良い加減なことをして」  「あぁー。彩ちゃん。顔が赤くなってるよー。やっぱり、彩ちゃんは鈴林君のことが好きなんだねぇー」  おいおい、俺の名前は鈴木だ。木が一個増えたぞ。  「あの、名前違います。木が一個……」  「あぁ、ごめんごめん」  軽い謝罪だった。多分だけど、美人だからという理由でこんな謝罪で許されてきたのだろう。それは誰でも許すよな。だってこんな美人だもん。  というか、俺は彼女に対し、美人で胸が大きいとしか思えない。彩は少しガッカリだけど、もしかしたらいつの日かはリサさんのようにボインになるのかもしれない。  とりあえず、俺は心の中で手を合わせた。  彩の胸も大きくなりますよに。と。もしかしたら、彩は欲張りだから胸も大きくなりますとかお賽銭した時に願ってそうだ。  などと、邪なことを考えてしまう。  「あ、ごめんね。鈴森君だよね」  そんな笑顔でこちらを見ないでほしい。純情な中学生はそんなことに騙されるですよ。  って、名前違うぞ。  「木が二個増えました。鈴木です。鈴木!」  「あぁ、ごめんねぇー。実際は知ってたよ。お姉さん、こう見えても人の名前とか覚えるの早い方だから。それで、話を戻そっか。鈴木君」  なら、何故最初から鈴木と呼ばない。回りくどくめんどくさい。  彩の気がしれないな。  「君は彩ちゃんのどんなところが好きなのかな?」  「やはり元気なところですかね。またもぐもぐと小動物みたいに良く食べるとか、これじゃダメですか?」  「そっか。鈴木君には彩ちゃんがそんなふうに見えてるんだぁー」  お姉さんの声はやけに冷たかった。それぐらいにしか、彩のことを思っていないのかと挑発されている気分になる。負けた気になってしまう。  だから俺は言い返した。言葉を続けた。  「でも、時々彩が何とも言えない表情をするんです。悲しそうな、怒っているようなそんな表情を。そんなとき、どうしても側に居たくなる。もっと寄り添ってやりたいと思居ます」  「なるほどねー。分かってたんだ。彩ちゃんのそんな一面も」  感心した。そんな声色だった。顔も驚いていた。  「でもね、残念。彩ちゃんの本心を理解できてない」  彩の本心? なんだ、それは。どういうことなのか。  もっと深い闇を持っているというのか。以前、本人から小学校低学年の時に酷いイジメを受けていたと聞いたことがある。そして、たまたま居合わせた俺が彩を助けたらしい。  本当に記憶にはないが、なんかそんなことがあったかもしれないという疑似感だけはある。  「なんですか? それは」  リサさんはふふっと笑みを漏らした。そんなことも分からないのかと小馬鹿にしているようだ。そし一呼吸終え、彼女は言葉を紡ぐ。  「もちろん、決まってるじゃないか。彩ちゃんがこの世で一番好きなのはワタシなんだよ。昔からお姉ちゃんっ子でお姉ちゃん、お姉ちゃんとワタシの後ろばかりを追いかけてきて、本当に可愛かったなぁー」  ただのシスコン馬鹿だった。  「お姉ちゃん。昔の話はやめて。恥ずかしいから」  彩の顔はもう既に赤く染め上がって、手がもじもじと動いていた。本当に恥ずかしいのだろう。目線も俺と合うと泳がせているし。  「ふふふ、まぁとりあえず一つだけ君に言って置くことがあるとすれば、彩ちゃんは渡さないぜってことさ」  ライバル宣言をされちまった。  「あぁ、もうこんな時間だ。花火が打ち上げる時間だね。じゃあ、ワタシも戻るよ」  そういって、リサさんは人混みの中に消えていった。  自由奔放、自己中心、自由自在のリサさん。3自を達成するとは凄い人だ。  「あのさ、和人。私達も花火を見に行こ」  彩が俺の手を引いて歩く。花火が一番見える場所に俺を連れて行くと言っていた。  だが、大勢の人々が花火会場へ急ぐ中、逆走している。彩に本当にこちらで良いのかと尋ねてみたが、いいのとしか言われなかった。  そこにあったのは大型ショッピングモール。どこに行くのかと思いながらも、エレベータに乗り、Rのボタンを押す。  着いた先は屋上だった。こんな穴場スポットがあったとは。人は誰も居なかった。  大型ショッピングモールなのに珍しい。正直他に人が居ると思っていたからだ。  「貸し切りだね。私達の」  後ろを振り返り、満面の笑みを零した。物凄く可愛かった。俺の手を強く握り締め返す。そして二人で花火会場の方がよく見える場所へ移動する。  「もうそろそろかな?」  彩が自分のスマホで確認する。その時だった。  何かが空高く、舞い上がり、そして光り輝いた。色んな思いを乗せて。  あっという間にその光は消え、無数の光が空中に色鮮やかな光を作り出す。  大きな音が響き渡る。振動音がこちらにまで伝わってくる。  「き、綺麗だ」  花火の光に魅了される。そして、隣に居る女の子は涙を流した。  「本当に綺麗だね」  「あぁ、綺麗だよ。最高に」  彩がこちらを向き、真剣な眼差しで見つめてきた。  繋いでいた手は離していた。  「ねぇ、和人。最後に私に思い出を作らせて」  彩が何をしようとするのかは分からなかった。でも俺は頷いた。  すると、彼女はゆっくりと顔を近づけた。  そして、俺の口と彼女の唇が合わさった。柔らかった。    彼女は俺から顔を離し、思いを伝えてきた。  「和人! 私、やっぱり和人のことが好き! 大好き!」  大きな元気な声だった。いつもの明るくて、真っ直ぐな彩らしい告白。  こんなどっ直球な言葉を伝えられると胸にググっとくるものがある。  やっと、この言葉が言えた。やりきった、そんな表情である。  「ごめん。彩、俺は美香が好きなんだ。だから彩の気持ちは受け取れない」  大きな花火が打ち上がる。ここから少し離れているのに、会場に居る人々の歓声が聞こえてくる。皆の気は空に集まり、そして大輪の花が咲いた。  夏の風物詩である花火は終わりを告げた。また、俺も想いを告げていた。  だが、彼女は涙を流していたものの、表情は明るかった。作っているというわけではなさそうだ。ずっと押し殺してきた感情を伝えた達成感とでもいうのだろうか。  そんな表情であった。その後、二人で仲良く会話をした。  これからどうするか。またどうしたいか。お互いの気持ちをぶつけあった。  と、そんな時だ。突然、連絡が入ったのは。美香の母親からだった。  『ねぇ、美香を知らないかしら? あなたたちと一緒にいない?』  酷く震えていた。話を聞くにどうやら美香が病室に居ないらしい。おまけに携帯を病室に置いて、出かけたらしい。だからどこにいるのか分からないと。  近くに居た彩も俺の声色を察して、何か大変なことが起きたのか分かったのだろう。  俺は彩に本当のことを伝えるか、迷った。これでは彩が自分自身を責めるかもしれないからだ。それでも俺は言った。  「どうやら美香が病室を抜け出したらしい。明日が手術っていうのに」  明日は手術。もう逃げないと美香は言っていた。それなのに。  「わ、私のせいだ。私が和人と夏祭りに行くって言ったから。それに告白もするって言ったから。だから、美香は……美香は。私のせいだ。絶対、私のせいだ」  彩は泣き崩れていた。やはり思い詰めるタイプだった。  「違う。彩は悪くなんかねぇーよ」    「それに絶対俺が見つけるから。美香は絶対に」  「や、約束だよ。絶対だよ! 美香を絶対見つけて、帰ってきてね」  「あぁ。約束するよ。この夏の空に誓ってな」  そう言って、俺は駆けた。彼女の元へ。正直、どこに美香が居るのか分からない。  でもとある場所だけ検討が付いていた。  ――夏の空、そこにあるのは君の笑顔。    ――でもその笑顔は私では無く、彼女の為に向けられている。  ――見上げると、そこには夏の大三角形があった。デネブ、アルタイル、ベガ。  ――私はベガにはなれなかった。その後、私は誰も居なくなった屋上で一人泣きじゃくった。声にならない叫びを続けた。本当に君が好きだったんだ。  ✳︎✳︎✳︎  自転車に乗って、とある場所に向かう。美香の母親は警察などにも連絡を入れ、急速に美香を探そうとしているらしい。  全力でペダルを漕いだ。回した。回し続けた。自転車が悲鳴をあげていた。  漕ぎ続けて、脚がはちきれそうだった。それでも彼女に会いたくて、少しでも早く会いたくて。俺はペダルを回し続けた。心臓が痛かった。運動不足のせいだろうか。  夏祭りの交通規制のおかげか、一定区域を抜けると人通りも少なかった。  本当に助かった。唯一の望みを信じ、ボロボロの身体で坂を駆け上る。  その先に彼女が居ると信じて。  頼むから。居てくれ。そこに居てくれ。  その後も俺は漕いだ、漕いだ、漕ぎまくった。一分、一秒でも早く彼女に会う為に。  ギシギシと自転車が痛み始めた。夏に使い続けたことが原因か。  ところどころ、錆が付いていた。そんな自転車。それもママチャリ。  そんな自転車で俺は登り続けた。病院が見えた。だが、そこではない。  彼女が居るのはもっと上だ。もっと、上。  これは別にただの推測に過ぎない。でも、でもだ。  美香はきっとそこに居るという確信があった。  いつも美香は外を見ていた。何を見ているのかと疑問に思っていた。  そしてそれが分かったのだ。  俺はその場所に着いた。そして、自転車を降り、階段を駆け上がる。  そこに美香は居た。病院の服を着た美香が。涙を流しながら、目先にある夜空やこの街の景色を見ていた。  「み、美香! 見つけたぞ! 皆心配してるぞ!」  「ん?」  美香は予想外の出来事に驚いていた。誰もが気づかないと思っていただろう。  薄暗い電灯が点く程度。またこれと言って、普段は見るものないこの高台。そこには展望台があり、そこから眺める景色は知る人ぞ知るスポットとして有名なのである。  「和人君、夏祭りはいいの?」  「お前が心配だから来たんだろうが! それにな、断ったよ。彩の告白」  「なぁ、美香! 俺は美香が好きだ! いつもいつも笑顔な君が。でもちょっぴりドジで、でも人にいつも優しくできて、でも、でも」  俺も涙を流していた。何か訴えかけるものがあった。同学年の女子に涙を流すなど恥ずかしい、でも、そんなことどうでも良かった。  「お前は気にしすぎなんだよ! 周りのことを。少しは自分のことを考えろよ! だからこそだろうな。そんな危なかっしい美香が好きです。放って置けません。  ずっとずっと守りたいです。だから、だから俺と付き合ってください!」  頭を下げ、俺は手を差し伸べた。何を俺は勢いで告ってんだ。  夏の夜空に魅了されたか。それとも、花火が俺の心に何かくれたのか。    「ほ、本当にいいの? 私は病弱だよ。それに頭も悪いよ。絶対、和人君の迷惑になっちゃうよ。それでもいいの? それでもこんな私でいいの?」  「迷惑をかけられているのは今も一緒だ。それにな、そんな覚悟すでに持ってるよ。美香の病気については詳しくまだ分からないけど。それでも俺はずっとずっと美香の側にいたいんだよ。だからさ、迷惑なんて言うなよ」  「俺が絶対、美香を幸せにしてやるからさ」  美香が顔を手で押さえながら、泣き崩れた。いつもの「にひひ」と言う笑みはない。  その間に俺は美香の母親に連絡を入れた。酷く心配していたので、聞いた時はほっと肩を撫で下ろしているような気がしていただろう。  また、彩にも一言入れた。無事に見つかった、と。  すると、こんな返事が届いた。  『彩:やっぱり織姫を見つけるのは彦星だね』と。  あまり意味は分からなかった。でも何より、美香が見つかって良かった。  美香が泣き止んで俺の方をじっと見てきた。  「明日、私。病気に絶対勝つね! だからさ、もしも私が病気に打ち勝ったら、海に連れて行ってよね。それと花火大会も!」  「あぁ。約束だ」  「あ、それとさっきの返事。絶対、私を幸せにしてよね」  彼女は満面の笑顔を見せた。俺は彼女をギュッと抱きしめた。  「もしも、嘘付いたら、いっぱいいっぱい迷惑かけちゃうからね!」  悪戯っぽい笑顔。君のそんな様々な表情に俺はまた恋をしていた。  何度だって、俺は君に恋をする。君のことを知れば、知るほど君がさらに好きになる。  ✳︎✳︎✳︎  俺と美香は二人で海へ来ていた。手術は無事に成功。彼女に絶対無理はさせない、また絶対携帯所持、海には絶対入れるな(水遊び程度はOK)という条件付きだ。  自転車ギコギコと二人乗りで1時間弱。どうにか到着したのである。  ちなみに今日の彼女の服装は白のワンピースに麦わら帽子。それにビーチサンダル。  正直、俺のドストライクであった。彼女は浜辺に着くと直ぐに「海だぁー」と走り出していた。本当に子供である。ちなみに今日は彼女が作った弁当があるらしい。  そちらも楽しみである。彼女を追いかけた。  彼女が俺に水をかけてきた。や、やったなと俺も水をかけた。  ひゃあと女の子らしい声を出した美香が言う。  「もうー和人の意地悪!」  美香は俺と付き合ってからは和人と呼ぶようになった。以前は和人君だったのに。  ちなみに今日は30日。そして、明日は夏最後のイベントがある。  それには俺たち二人と彩も加わる予定だ。彩は遠慮したのだが、美香がどうしても一緒に行くと子供っぽく駄々をこねたのだ。  それに渋々、彩が了承したのだ。ちなみに今日は俺と美香の二人きりだ。  自転車は二人乗りが限界だし、それに他の人々も気を遣ってくれたようだ。  二人で砂でお城を作った。ここに二人で住むんだと言い合った。  なんかとても恥ずかしい気持ちもあったが、この浜辺には殆ど人が居なかった。  だから実質俺と美香の二人だけの世界である。その後、レジャーシートを敷き、近くの蛇口で手と足を洗う。そして、美香が作った弁当を食べた。  豪華なものであった。一生懸命彼女が作ってくれた弁当。  美味しくないはずがない。俺はガツガツと食べた。ちなみに朝からはウイダーを二本程度で済ませていた。それは彼女の料理を沢山食べたかったからだ。  「どうかな? 美味しいかな?」  「最高だよ、美香。美味すぎるよ」  美香が嬉しそうに笑った。それに小さくガッツポーズだ。  本当に頑張って作ってきたんだなと思った。  夏の空、そこにあるのは君の笑顔。君が笑ってくれる。それだけで俺は幸せになる。でもそれと同時に悲しかった。蝉の鳴き声は次第に弱まっていたのだ。  当初は煩いほどに泣き喚いていたのに。だが、それが夏なのかもしれない。  波の音が聞こえてくる。押し寄せては離れていく。  また、押し寄せては離れていく。夏の暑さを感じさせないぐらい、その音に俺と美香は聞き入った。  ✳︎✳︎✳︎  この街最後のイベント。花火大会。俺たち三人は特等席に座っていた。一番、花火が見える場所である。どうやら病院側が美香の為にと色々と協力してくれたらしい。  本当にありがたい話だ。彩は以前と同じ浴衣である。美香は青色の浴衣だ。ところどころに赤色の花柄があった。凄く似合っていた。それに綺麗だった。  俺も今回は甚兵衛を着ての参加である。二人に似合っていると言われ、正直浮かれていた。スピーカーから声が聞こえてきた。  『ただいまから花火が発射されます。みなさん、カウントダウンはいいですかー』  女性の声だった。その声に合わせ、その場に座っていた人々が手を叩いた。  そして、アナウンスが10、9、8と言い始めた。  俺は美香を見た。ワクワクしているのか、先ほどまで口にしていたりんご飴を左手に持って、真剣な眼差しである。目をとても輝かせている。  俺はそんな美香を見ると、また幸せになった。彩の方を見ると、彩がこちらを見てきた。  「和人。本当に美香のことが好きなんだね。なんか、負けたーって感じがする」  彩がそんなことを言った。俺も言い返そうとすると、花火が空高く、打ち上がる。  大きな菊の花を咲かせ、人々を熱狂の渦に巻き込んだ。その音はとても大きく、迫力があった。  「初めて、あんな綺麗な花火を見たよ」  美香は手を叩いていた。凄く興奮しているようだ。  「あぁ、俺もあんなの初めて見たよ」  彼女と共に初めて見た花火はより一層心に深く刻まれた。それに美しかった。  綺麗な花を咲かせ、パッと消えていく。たった、十秒にも満たない大きな光。  それは人々の意識を集め、そして感動を与える。  こうして、俺たちの夏は終わりを告げた。最高の終わり方で。    ✳︎✳︎✳︎  時が流れ、季節は春になった。俺と彩は同じ高校に行けるようになった。受かったのである。美香の方も通信制の高校に受かったらしい。  本当に良かった。一時は高校に行かずに花嫁修行をすると言っていたものだ。でも俺や周りに説得され、行くことになったのである。  美香のおかげなのかはわからないが、美香は俺の家に良く遊びに来るようになった。  そして、俺の母親とも仲良くなった。俺と美香は結婚を前提に付き合っている。そして本気であることを示すのは困ったものである。最初は学生の遊び的な風に思っていたのだろう。でも、俺たちは本気だと言い続け、納得してくれた。  美香の母親や父親とも俺は仲良くなり、さらに家族絡みの関係になった。  で、現在。俺は何故か、春休みの期間中。真夜中に突然美香に呼び出されたのだ。  用件は近所の公園に来てとしか書かれていなかった。何だろうかと思いながら、外に出た。自転車で行く距離ではなかったので、徒歩で向かった。  十分も経たずに公園に着いた。美香はベンチに座っていた。  俺は美香をちょっとだけ叱った。真夜中は不審者とかも居るから、気をつけろとね。  すると、美香は反省したようだ。今後はこんなことはしないと言った。  それでどうするのだろうか。と、美香がベンチの後ろからバケツと花火セットを取り出した。  「今から花火しよ。花火!」  もう消えてしまったと思っていた夏がまた少しだけ息を吹き返した。  終わっていたと思っていたのに。マッチでロウソクに火を付けた。  風が吹いた。肌寒かった。でもどこか温かさがあった。夏の風が吹いたのだろうか。  二人で花火をした。と言っても、花火セットの中で火が付いたのは線香花火ぐらいだった。  火を付けるとバチバチと光り輝き始めた。波の音が聞こえた。一緒に彼女と一緒に行った海。一緒に花火を見たこと。あの時、俺が告白したこと。  色んな想いが込み上げてくる。消えないでくれ。もっと夢を見せてくれ。  もっと思い出せてくれ。そんなことを思いながら、線香花火に火を付けていく。  バチバチと火の花を作りだす。綺麗だった。大きい花火もいいけれど、俺はこっちの花火も好きだ。俺と彼女だけの線香花火。二人だけの花火。  誰にも邪魔されない。させない。季節外れの線香花火。  「綺麗だね」と笑う彼女が悲しい表情をしていた。儚く揺れる花火を眺めながら、俺は彼女を見る。彼女は涙を流していた。  「大丈夫。大丈夫だよ」と彼女を抱きしめる。自分にかけられる言葉がこれくらいしかなかった。それでも彼女はその言葉に喜んでくれた。  「和人と別々の学校になると寂しいよ」  美香が本音を漏らした。  「あぁ、俺もだ」  だから強く強く君を抱きしめ返した。君が持っている不安を少しでも打ち消そうと。  「私たちの関係も線香花火のようにいつかは消えてしまうのかな。いやだよ、和人」  美香は恐怖を抱いていたのだろう。自分が知らない場所で他に俺が好きな女子ができるのではないかと。だから俺は永遠を願い、そっと口付けをした。  美香の髪から甘い匂いがした。女の子って柔らかいし、それに良い匂いがする。  「俺だって怖いよ。美香が他の男とイチャイチャするんじゃないかってさ。でも安心した。美香も俺と同じように思っていてくれてさ」  「愛してるよ、美香」  俺たちはまた唇を重ねあった。お互いがお互いを大好きだと証明するかのように。  今はまだ俺は頼りないかもしれない。でももっと美香の役に立ちたい。  もっともっと美香と一緒に居たい。だから少しでも美香の為に輝ける為に俺は今を全力で生きていく。もう二度と来ない夏に別れを告げながら。  まだ見たことがない未知を探しながら、きっといつまでも。
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