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第二話 この世界は狂気に満ちている。
蝉の声。子供達の声。閉め切った部屋。ガンガンにエアコンを効かせ、ベットに横たわる。何もすることはない。宿題など、無に等しい。もう、終わらせていた。
受験の夏。中学三年生。色々と考えることが多い。レベルの高い高校に行く奴は塾に行くとかなんとか、言っていた。でも俺は別に行きたい場所がない。また、夢もない。
だから、何もすることがない。近所の古本屋で大量に本を買い、アイスを食いながら時間を潰す日々。やることがない。ゲームをしても、何も得られない。もう一つの世界でレベルをあげても、現実では何も変わらない。
魔王を倒し、姫を助けても現実で得られるものはない。機械が熱暴走を起こしたかのように俺の脳はぶっ壊れていた。暑い。リモコンでエアコンの温度を下げる。
扇風機を回し、部屋全体に空気を動かす。大の字になって、叫んでみる。だが、何も起こらない。近所迷惑なだけだ。
「暇だ」
何もすることもなく、無駄に時間だけが過ぎていく。手元にある文庫本に手を伸ばす。読んでみるが、十分も経たない内に読むのに飽きる。面白くないわけではない。
何か他に大切なことがあるような気がするのだ。他にもっとやらなければならないことがあるように感じてしまうのだ。だが、その先に進む方法がない。
どうすればいいのか、さっぱりわからない。そんな時だ。携帯が音を鳴らした。
俺は俗に言うところの、ガラケー使いだ。学校では巷で有名なアプリでクラスグループがあるそうだが、俺は入れてもらえない。というか、みんなも俺を入れたくないみたいだし。俺も入る気がない。どうせ、入っても何も意味がない。
夏休みにみんなで集まって、飯でも食べに行こうなどと計画を立てていたらしいが、俺には関係のない話だ。
忌々しい相手からのメールだった。俺が一番この世界で大嫌いな相手からだ。
『佐藤彩:私です。今から貴方の家に行きます』
内容をみるとさらに意味がわからなかった。俺はわけが分からなかったので、携帯をベットの上に投げ捨てた。
「何が目的なんだよ。今更、何を」
出かける予定がないので、一日中同じ服。部屋着に身を潜め、夜遅くまで起き続け、昼過ぎに起きる。両親は共に働きに行っているので、家は一人。
だから、何も言われることはない。そんな俺の夏休みまでも、奴は壊しに来るのか。どれだけ、人の人生をぶち壊せば、気が済むのだ。
怒りが込み上げてきた。それから、数十分後。
家に佐藤彩がやってきた。家に入れるつもりはさらさらなかったが、奴は強引に入ってきた。人の家に勝手に入り、リビングへ向かう。
そして、部屋をぐるりと見渡し、言うのだ。
「私ね、実は鈴木君のこと好きだったんだ。ずっとずっと」
「でもね、あの時の私はどうかしてた。なんであんな酷い言葉を投げかけたんだろうね。その後も色々と変な噂とかが立っちゃて。本当にごめんなさい。
ずっと謝ろうとしてたんだ」
「ふざけるのもいい加減しろ! 俺はお前が俺にやった仕打ちを忘れないからな。それに今更謝られても困るんだよ。迷惑なんだよ。帰れよ」
声を荒げ、俺は叫んだ。自分の怒りそのものだった。
「本当にごめんなさい」
彩は頭を深く下げた。そんなことを今更されても。
感情が昂ぶった。そんな都合の良い話あるかよと。
「謝るぐらいなら、もともとあんな言い方するなよ。本当にうざいんだよ。今更、何がずっと好きだった? ふざけんな」
怒りが込み上げてくる。脳がパンクする。このままでは怒りで死にそうになる。おかしくなってしまう。
「そうだよね。都合がいいよね。私ってキモいよね」
彩は悲しそうな表情でポツリと呟いた。そして、本音を漏らした。
「私ね、小学生低学年の頃、酷いいじめを受けていたの」
「その時は毎日が苦しかったの。でも、私を助けてくれた人がいた。それが貴方だった。貴方は正義感が強くて、本当に逞しかった」
「でも、もう変わっちゃた。貴方は変わってしまった」
「なんだよ、いきなりいじめの話とか言われても、困るんだよ! さっぱり、意味がわかんないんだよ。第一、助けた覚えはねぇーよ」
そうだ、俺はそんなことを全く覚えていない。そんな小さな頃の話など、正直どうでも良い。
「貴方だった。貴方が私を助けてくれた。私のヒーローだった。でも、貴方は変わった。もう、あの頃の貴方はいない」
「何がヒーローだ。俺はただの人間だよ。それにごちゃごちゃ言ってるが、お前は俺をこっ酷く振ったんだぜ。逆に俺はヒーローなんだぜ。もっと俺に優しく接するのが当然じゃないのか?」
「あのね、私は今の貴方には用がないの。昔の貴方に戻って。お願いだから」
自分の目の前に居る女が何を言ってるのかさっぱり分からなかった。
「意味がワカンねぇーよ。お前は何を言いたいんだ?」
「だから戻って欲しいの。今の貴方は私が好きな貴方じゃないの。貴方は私が好きなのは今の貴方じゃない。昔の貴方なの。ねぇ、返して。だから私のヒーローを返してよ」
意味が分からない。教えてくれ、頭の良い人。俺の思考回路ではどうしても理解できない。こんなイかれた奴を四年間も追いかけ続けたとは、本当に俺も見る目がない。
「ごちゃごちゃ、うるせーんだよ。言っている意味も分かんねぇーし」
「もう一度、言うわ。いいえ、何度でも言うわよ。貴方は消えて。居なくなって。私が好きなのは貴方だけど、貴方じゃないの。もう一人の貴方なの。で、早く本当の鈴木和人になって。私ね、貴方を見ていると腹が立って仕方がないのよ。鈴木和人の皮を被った、偽物は早く居なくなって」
「お願いだから、本当の鈴木和人に戻って」
佐藤彩は涙を流し始めた。意味が分からなかった。頭のイカれた女。何を考えているのか、理解できない、理解したくない。そんな女が突然、泣き始めたのだ。
普段から明るく、元気な女の子が今日に限って泣いているのだ。俺は今まで彼女が泣いている姿を見たことがなかった。正直、ざまーみろと思った。
でも、俺は一人の人間で、怒りが溜まりやすく感情的な普通の人間だ。だからこそ、なのだろうか。泣いている人。、困っている人をみると、どうしても助けたくなるのだ。
例えば、昔からそんなことがある。気づけば、勝手に身体が動いてて、誰かを助けに行っていたみたいな。こんなところで行ってしまっても、何の得にもならないのに。
自分も傷つくのはわかりきっているのに。それでも俺は歩み寄るのだ。
例え、どんな時でも。自分がどんなに感情的になろうとも。近づき、相手に優しく接する。それはまさにヒーローなのかもしれない。でも、俺はヒーローなんかじゃない。
ただの偽善なのだ。自分の心に素直になりたいだけなんだ。後悔だけはしたくないから、現在の状況が気に食わないなら、反逆する。反抗する。それだけなんだ。
要するに、俺は自分が思っていることをやっているだけに過ぎないのだ。誰かのためにやっているのではない。自分のためなのだ。だからこそ、感謝をされる必要はないし、求めるいるわけでもない。また、感謝されると今後も継続的に同じようなことをしなければならないような気がして嫌だ。俺は強要されるのが嫌いなんだよ。
「おい、俺はヒーローなんかじゃない。それにな、お前を救ったことなど、もう忘れてるんだよ。それに俺はお前が大嫌いだ。正直、見た目はどストライクだよ。でもな、お前を俺は好きになれない。お前が俺に抱いてる感情は好きじゃない、ただの依存だ。
そして、お前は過去のヒーローに縋っているだけのクソ女だよ」
「ふざけるなぁ!」
彼女は弱々しく叫んだ。実際、彼女も分かっているのだろう。本当のことを。
実際にそんな過去の存在など居ないことを。ただ、一度救ってくれた昔の俺に恋心を覚え、酔いしれているだけだ。
「返せ! 偽物! 早く、本物の鈴木和人を返せ!」
倒れ込み、腕をブンブンと振りかざす。空を手で裂くが何も変わらなかった。
「悪いが俺は本物だ。良いことを教えてやるよ。生き物は皆、成長するんだよ。だからな、もうすでにお前が求め描くヒーローはこの世にいないんだぜ」
現実を突きつける。それで良いのだ。そんな過去の存在など居ない方がいい。
生き物は皆成長する。彼女はまだその過去の存在に依存しているのだ。
だから、そんな幻想はぶち壊した方がいい。そんな存在しないものは見えない方がいいのだ。それに早めに忘れた方が良いのだ。
「いる。ここにいる。貴方が居なくなれば、すぐに彼は現れる。貴方は悪魔なの。貴方はこの世界に居たら、ダメなの。ねぇ、早く消えて。貴方が居なくなれば、この世界は幸せになるの。彼は居た。四年前までは、ずっと居た。それなのに、いつの日からか、彼は居なくなった。そして、貴方が現れたの。嫌悪感が走った。気持ち悪かった。本当に。
でも、私が心を開けば、彼がきっと現れると思って、貴方と喋っていたの。それなのに、彼は現れなかった。好きでもない相手と喋る苦痛を貴方は理解できる?」
彼女は最後の力を振り絞り、叫んだ。叫び続けた。
まだ、幻想を抱いているのだ。そんなものは何もないのに。
「わかるよ。現に、今がその時だぜ」
俺は皮肉を込めて言ってやった。相手も歯ぎしりした。何も言い返す言葉がないのだろう。それとも、一種の感情表現なのだろう。
「もう、呆れた。もう、何でもよくなってきた」
電池の切れたおもちゃのようだった。生きる意味を見失ったとでもいうべきか。
それとも現実を受け入れたとでもいうべきか。彼女は何かに踏ん切りがついたようだ。
「どういう意味だ?」
「この世界は悪意に満ちている。もう、本当に。私の初恋相手。容姿は一緒なのに。中身が違う。本当に腹がたつわ」
「同感だ。俺もお前の容姿は好きだぜ」
「意外と話しは合うじゃない。ここで一つ、提案。どうやったら、戻ってくれるの?」
「あのなぁー戻るも何も俺は本物なんだよ」
「でも、性格は変えることができる」
「つまり?」
「私とこの夏は付き合いなさい」
「さっぱり、意味がわからないのだが」
「だから、もうどこかの神様がいたずらしたわけ。だから、私は貴方で妥協する子にしたわ」
「おい、俺は妥協なのかよ」
「別に好きな相手なんていないんでしょ? そして、私が貴方を変えてみせる。実際、私は貴方が嫌いだけど、本物になればそれでいいもの」
「つまり、お前は俺を自分の好みの男に変えるってことで良いのか?」
「そういうことね。あの時は本当に悪かったと、思ってる、だから、今度何か奢ってあげるわ。もしくは、身体で払ってあげるわよ」
「お前な、そういうことを言うのをやめろよ」
「わかったわ。じゃ、身体で払うわ」
「身体で払うの方だよ! やめるのは!」
「えぇ、意外。男って、どうせ性欲の塊なんでしょ?」
「それは偏見だな。塊は言い過ぎだ」
「そんなことを言う奴に限って、裏でこそこそやってるから気持ちが悪いのよね。特に同級生のSNSとかを見て、ニヤニヤして、そのまま今晩の……みたいな」
「う」
「あの、ごめんなさい。私、これ冗談で言ったつもりだったんだけど。もしかして、本気でやっちゃてる系! 本当に最低ね」
「仕方ねぇーだろ。だって、好みはお前なんだからさ」
「こ、この変態! どすけべ! えっち!」
佐藤彩は胸元を腕を隠し、顔を真っ赤にさせた。何だか、アニメみたいな展開だなと思いました。
こうして、俺と佐藤彩の奇妙な夏のお付き合いが始まるのである。ふざけるな、と拒否したところ、さらに酷い脅迫をされました。それに今年の夏は暇だったので、ちょうどいい。
✳︎✳︎✳︎
佐藤彩との奇妙な関係になって、一番最初に思ったことは可愛いの一言に尽きる。やはり、どこからどう見ても自分のどストライクだ。それよリもずっと気になっていたことを聞くとしよう。
「なぁ、俺みたいな奴と一緒にいて良いのか? 友達とかに色々と言われるだろ」
現在は夏休みの折り返し時期。ファミレスに二人で長居中。ドリンクバーで何時間もいるのは迷惑ではなかろうかという、気持ちもあるが学生という身分で許してもらえないだろうか。
「あぁ。そのことね。別に大丈夫よ。というか、変な噂を流しているのは私じゃないから。多分だけど、私のファンね。告られこともあるわ。まぁ、もちろん振ったけど」
「流石は美人さんは違うな。で、なぜ奴らが俺のことを色々と変な噂を立てるんだよ。むしろ、ここは振られた者同士、友情が芽生えると思うんだが」
「あぁ。私が好きな人は鈴木和人って言ったの。そしたら、そんな噂が立っちゃたって話」
「なるほどな。って、全部お前の仕業じゃねぇーかよ」
「まぁまぁ、落ち着いて、これも全部、作戦通りよ。それにね、こんな逆境から、恋愛が成就したら、最高だと思わない?」
「本当にお前って、いつもは元気で明るくて、でもどこか現実見てるのに、頭の中はメルヘンだよな」
「悪かったわね。頭の中がメルヘンで。でも、それぐらい誰だって考えるでしょ。このご時世、夢を持たないと心がやられちゃうわよ」
「それは納得だな。俺も現実逃避しかけたからな。お前に振られた後」
「でも今はこうして、会えてるじゃない。それで良いんじゃない? まぁ、まだ大嫌いだけどね」
「それはどうも。こちらもお前のことは嫌いだよ。性格最低だしな。でも、お前といて、最近少しは笑えるようになってきた」
「それは私も一緒かな。普段は猫被って生きていかないといかないし」
「なぁ、どうして猫被ってんだ?」
「べ、別に良いでしょ。私の勝手でしょ」
「何か、隠してるな。教えろよ」
「こんなところは鋭いから腹がたつのよね。普段は鈍感なくせに」
「悪かったな。鈍感で。それより、お前は勉強とかやらなくて良いのか?」
「ふふふ、私は既に終わらせたわよ。それに夏休み期間中に三者面談あったでしょ? その際に推薦枠をもらったわ」
「あ、言えばお前ってかなり頭良かったよな」
「まぁーね。何でも完璧にこなしちゃう私、どう? 輝いてる?」
「あぁ、本当すごいぜ。それで推薦枠でやっぱり頭いいとこか?」
「まぁーね。県で一番の学校」
「あぁ、あの学校か。まぁ、頭いいやつは皆、そこしか行く場所ないからな」
「他の学校でもいいかなと思ってるけど、親がうるさくてね」
「へぇ、そうなのか」
「それで君の方はどうなのかな?」
「俺の方もバッチリよ。お前のせいで、友達ゼロだから勉強し放題だからな」
「自分で言ってて、悲しくならない?」
「悲しいを通り越したその先にいるから大丈夫だ」
「それは良いことだ。それで志望校は?」
「あぁ、俺って夢がなくてさ。だからどうしようか迷ってる」
「好きなことはないの?」
「好きなことか。可愛い女の子の近くにいることかな」
「なら、決定じゃん。私と一緒の学校に来なよ」
「おいおい、それはないぜ。俺ってお前に嫌われてるわけだろ。それなのに、お前は」
「嫌いじゃないよ。今は逆に好きかな」
俺は人間が嫌いだ。考え方がコロコロ変わるような中途半端な奴が大嫌いだ。嫌いだと言ってみたり、好きだと言ってみたり。お前は何様だよ。そんな気分になってしまう。
都合がいい人間。おもちゃ扱いされて、弄ばれているだけなのかもしれない。
四年間も好きで、募りに募った思いをぶつけたら振られて、挙句の果てには罵倒される。そんな人生を味わった人間。そんなことを言った人間の言葉を信じてたまるか。
「俺は嫌いだよ。お前のことなんてな」
「……そっか。私だけ、だったんだ。楽しかったのは、ご、ごめんね」
楽しいさ、でもなその言葉を吐くと俺は俺で居なくなりそうで怖い。誰かの優しさに甘えたい。誰かの側にいたい。願えば、願うほどに人を好きになり、そして嫌われた時の反動が大きくなる。だから、嘘を吐いてしまう。そんな奴なんだよ、俺は。
少しずつだが、彼女に惹かれている自分がいる。でも、それは所詮は残り半年にも満たないただのバグに過ぎない恋愛感情ですぐに離れ離れになるだけなのである。
それならば、そんな恋愛感情など捨てて、次のステップに進むべきだ。どうせ、人を好きになっても、結婚するとかわからない。学生の恋愛など、ただのお遊びにしかならないのだ。好きでもないし、それほど知りもしない相手に告白されて、試しに付き合ってみるか、そんな軽い気持ちで付き合い始める。そんなカップルが大嫌いだ。
だから、俺はそんな奴らになりたくない。
「謝るなよ。楽しかったよ、俺も」
だが、運命とは面白いものである。時に人の人生を壊すこともあれば、人に新たな道を作ることもある。だが、一人でジタバタしても何も変わりはしない。
変わるとすれば、それは人が人とが触れ合ったときだ。そのとき、初めて道が開き、もう一つの可能性が見つかる。その先はまだ、神さえもしらないかもしれない。
「よし、決めた。俺もお前と同じ高校に行く」
これは自分のためだ。クソッタレな世界。色付くことを辞めた世界を少しでも新たな色を付けるための手段。または、本当の気持ちから逃げる口実に過ぎなかったのかもしれない。
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