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第三話 この世界は優しさに満ちている。
佐藤彩との楽しい夏休みが始まりを告げた。と言っても、ただの勉強漬けである。彼女は俺のことが好きなわけではい。俺の中に存在するもう一人の俺に恋をしているらしい。
その俺というのが小学生の頃の俺で、正義感の強い男だと彼女は目をうっとりとさせている。だから、現在のヘタレな俺には興味がないらしい。でも、実際その佐藤彩が憧れる存在である、または惚れている人物はまさしく俺だ。だが、その俺は成長すると共に消え失せてしまった存在なのである。だが、彼女は俺には別人格があると思いこみ、俺がその別人格と主張するのである。だからこそ、彼女は俺に偽物はさっさと消えろなどと、言うのだ。口は明らかに悪いが、それは一種の愛情故のものだ。
「ほら、ここ間違ってるぞ」今日も彼女と共にファミレスである。俺と佐藤彩は付き合っているわけではない。ただの夏休み期間の暇つぶし相手なのだ。
または一緒の高校を目指すクラスメイト的な立ち位置なのである。
「え? どこが?」
「ここだよ。ここ、ここは三単現だよ」
流石は優等生だ。なんでも知っている。何でもは知らないか。
「そ、そっか。ありがとうな。それよりも自分は勉強しなくていいのかよ」
「だから私は推薦貰ったって言ってるでしょ。それにね、私にとっては高校受験なんて余裕なんだから」
「そういうことを言う奴に限って、落ちたりするんだぞ」
「その言葉は私に勝ってからにしてね。一応、私学年1位何だよ」
「知ってるよ。周りの奴等からちやほやされているのいつも見てるし」
「へぇー見てたんだ」
「視界に入っただけだよ。あ、それよりもこっちも教えてくれ」
一緒に勉学に勤しんだ。まぁ、佐藤彩はドリンクバーで時間潰していただけだけど。
今日の勉強は終わりです、とこの街の鐘が鳴り響く。
「そろそろ帰ろうぜ。明日も二時からでいいか?」
「いいよ。約束だよ」
「お前ってノリノリだよな」
「別に全然ノリノリじゃないわよ。ただ、ゲーム感覚なだけ。まぁ、育成ゲームよ」
「そんな風に思われていたんだな」
「当たり前じゃない。でも、楽しいわ。最近友達と遊ぶ機会がなくて、暇ばかりしていたから」
「お前ってさ、意外と良い奴だったりするか?」
「良い奴も何も私は見る限り、良い奴というオーラが滲み出してると思うんだけど」
「だから、そういうのを自分で言うなよ」
「へへへ、私は素直なんですよ。それに猫を被らなくて、良いからアンタと一緒にいると楽なのよね」
「猫か。まぁ、確かにそれは言えてるな。でも、どうして俺だけには冷たく接するんだよ」
「そりゃあ、勿論怒りでしょ」
「ああーはいはい。勉強教えたくれたお礼になんか奢るけど、何が良い?」
「アイス一択」
「流石、一緒だな。コンビニで買ってくるから、ちょっと待ってろ」
「私も行くし」
二人で仲良くコンビニへ行き、アイスを購入。最寄りの公園のベンチに座り、アイスを頬張った。幸せかと言われれば、決して幸せとは言えないかもしれない。
それでも、夏というのが感じれた気がした。二人で夕日を眺め、語り合った。
これまでのこと。そして、これからのことを。夢見がちな少年少女が描く理想世界。
それは美しい。けれど、脆い。ほんの少し、悪い大人が手を出そうとすると、崩れ落ちる。砕け散る。
✴︎✴︎✴︎
この世界が悪意と狂気に満ちた世界であるのはわかりきっている。だが、その世界は美しいのだ。夢を追いかけ続ける人たちが語る世界は眩しい。彼等を見るのが辛くなる。
自分と比べてしまい、辛くなるのだ。自分と彼等の違いが分からないのだ。だから、一人でもがき苦しむしかない。その姿は本当に美しい。
努力で打ち勝った先にあるもの? それは何だろうか。分からない。けれど、彼等はそこを目指す。なぜか? そこには幸せがあるからだ。いや、幸せなどないのかもしれない。だから、勘違い。思い込んでいるのだ。きっと、努力をした先には輝かしい未来があって、努力は美しいと。美化しているのだ。だって、そうしないと耐えきれないから。
正当化しているのだ。人間は皆、自分がやっていることに意味を探す。そして、やっていることに意味を勝手に付け加える。無駄ではない。念仏を唱えるように何度も呟き、自分を騙す。SNSを使い、次は大衆を騙す。最後には世界までも、騙してしまう。
それが個々の力でどこまで威力があるのか、さっぱり分からない。けれど。少年少女に現実を突きつけて、待っているのは良いことだけではない。悪いこともある。
でも、いつの日か、彼等も気づくのであろうか。自分の限界を。そして、悔やむのだろうか。それとも諦めがつくのだろうか。それは分からない。
だが、決して世の中はハッピーエンドで終わるほど甘くはない。
夏休みに入り、佐藤彩と勉強会を始めた。しかし、お盆期間に入り、佐藤彩は親戚の家に行くと連絡が入った。つまり、また俺は一人ぼっちになった。
一人ぼっちの夏休み。正直一人には慣れたものだ。物心つくまえから、両親共に働きに行っていた。寂しい気持ちもあったが、これが俺の家庭事情なのだと思えば、気分は楽だった。クラスメイトの休み期間にどこどこへ旅行に行ったなどの話を聞いても、何とも思わなかった。羨ましいと少しは思う気持ちもあった。でも、他所は他所。うちはうちだ。
豆まきはいつも一人でやった。鬼役はいなかった。だから、一人で四役をこなした。
理想の父親と母親。鬼に、自分。一人で何度も演じ続けた。目から、涙が流れていた。その涙はシャワーと共に流した。夜は怖かった。でも頼るになるのは自分だけだ。
自分を自分で慰めた。学校では正義感のある、ヒーローを演じた。辛かった。注目されたかった。家庭で存在をなくし。学校でも存在をなくすと居場所がなかったからだ。偽りの自分を演じた。辛くはなかった。清々しかった。これが自分なのだと言い聞かせた。
けれど、本物の自分が投げかける。
『偽物はどんなに頑張っても、本物にはなれない』と。
その言葉は聞きたくなかった。ゲームの世界と同じである。いくら、偽物が頑張ったところで限界がやってくる。エンドロールが流れレバ、終わりを告げる。
お前は要らない子だ、と現実を突きつける。現実を振り返る。何も成長していない自分がいる。画面に映る自分に嫌気がさした。何も変わらない自分に対して。
嘘で固めた世界ほど、子供にとって残酷なことはない。察しの良い子供はサンタなどいないと思っているし、仮面ライダーなどの特撮的ヒーローがこの世に存在しないと理解している。昔の俺はみんなを助けるようなヒーローに憧れを抱いていたが、年齢と共に現実を理解していった。サンタはこの世に存在するのだと口酸っぱく言っていた大人達も、中学生程度の年齢になった子供が「サンタは存在する」などと言えば、自分の過ちにきづくことであろう。というか、サンタというシステムは誰が考案したのだろうか。
白くて長い髭を生やし、赤服に身を纏ったおっさんが世界中の子供達に無償でプレゼントを配布する。それは本当に夢見がちな話である。でも、そんな話を信じた奴もいた。
そのなかの一人がこの俺だ。後悔はないし、サンタというシステムのおかげでクリスマスシーズンになると露出度の高い服を着た女性に会えるので、寧ろ褒めたたいところである。そんなサンタ大好き人間、違うな、女性大好き人間である俺は現在、自転車を全力で漕いでいるのであった。何だ、この急展開は。なぜ、こんな状況になったのだ。
自転車を全力で漕いだ。夜道に街灯は無い。自転車のライトだけが頼り。車の行き来は全く無い。ペダルを回す。少しだけ、前に進む。ペダルを踏む。さらに前に進む。
デコボコ道が多く、ガタガタと車体が揺れる度に身体に響いた。けれど俺は前に進まなければならなかった。ペダルを少しでも早く回さなければならなかった。
彼女に少しでも早く合う為には。
時折吹く風の匂いがあの頃の記憶を鮮明に蘇らせる。ただ遊んでいれば良かった。友達と笑い続ければそれだけで楽しかった。そんな毎日。思い返せば返すほど目頭が熱くなる。
俺はもう一度気合いを入れ直した。泣き喚きながら。ただ浸すらペダルを回し、先へ進んだ。
彼女が居る方へ。どんなに身体がボロボロになっても鼻水が垂れてきても進み続けた。彼女に会う為に。ただそれだけの為に。
傍から見れば近所迷惑極まりないだろう。中学生男子が奇声を発しながらスピードを飛ばしているというのは。
けれどそんなのどうでもよかった。俺は彼女に早く会えさえすれば、それだけでよかったんだ。それだけで満足だったんだ。
✢✢✢
お盆期間に入り、佐藤彩からしばらく親戚の家に行くと言われた時は流石に悲しくなった。今まで毎日のようにファミレスで勉強会を開いていた仲なのである。
何だか、裏切られたような感覚であった。けど、仕方ないよなとも思った。
だから、また俺は暇になった。勉強をしようと思うも、やる気が出ない。何か、刺激が欲しい。そんな気持ちでいっぱいだ。だが、事件性のあることをやりたいわけでは無い。というか、補導などされたくも無い。親に迷惑をかけるのが嫌なのだ。
でも、何をしようとも満たされなかった。自分が好きなことはなにか。
そんなことを昔から自己紹介する際に考えるが、本当に自分が好きなことは何だろうか。いつも俺は考えてしまう。趣味は何だろうか。いつも俺は惰性でいろんなことをやっているが、それは趣味でやっているわけではない。また、みんながやっているから、自分もやっているというわけでもない、では、何が己を動かしているのか。
それは何だろうか。いつも考え込んでしまう。そして、答えが見当たらないので、適当に答えるのだ。そんな中途半端で良いのだろうか。
俺は何をしたいのだろうか。やりたいことがみつからない。そんな俺が初めて興味を抱いたのが、恋愛。それも片思いと呼ばれる、もの。ちなみに女性の片思いは6割弱が成功し、男性の片思いの成功率は1割未満だと言われているらしい。
だが、計算上は十人に一人が成功すると思うと、それは意外と自分にも月が回ってくることがあるのではなかろうか。甘い、甘すぎる。
十人の中の一人。他人と比べて、自分が優れていることはあるだろうか。それは別に何でも良い。勉強でも、容姿でも、スポーツでも何でも。
その中に一つでも周りの奴らに勝てると思う分野がある奴は素晴らしい。
無かった奴は何かを見つけることをオススメする。ではでは、そんな偉そうなことを言う俺は何かあるのかと問われると何も長所はない。
敢えて言わせてもらえるならば、他人にそれほど興味がないことだろうか。相手が何をしていようが自分には関係のないことだし、相手に何かを言われる筋合いもない。
鋼のメンタルをお持ちなのである。そんな俺にもメンタルがやられることがある。
それは空虚だ。鋼のメンタルを持っていても、何もやる気がないのなら、持っていてもあまり意味がない。ただ、悪口などに対応できるだけだ。
世の中にはメンタルがあまりにも脆い人がいるが、ただの考えすぎなパターンが多い。正直、人の目を気にしていると何もできない。けれど、人の目を気にしていないと社会から迫害される。やりたいことはやればいいが、それが側から見ればあまり印象が良くないものだと拒絶されることがある。人権はあるが、認められてない。そんな感じであろうか。だが、世の中は少数派はいつも苦しい思いをして、生きてきた。仕方がないのだ。
だって、世の中は多数派の人間で構成されているのだから。
夜遅くまで何もすることもないのに目を虚ろにさせながら天井を見上げては妄想を膨らます。そんな毎日。
その癖、朝日が照らすぐらいには目を覚ます日々。頭痛は酷く、吐き気が止まらなかった。目にはくまが浮かび上がり、見るからに病人の正にそれだった。
休日は休みが取れたのか、母親が帰ってきていた。どうやら俺を心配している様子であった。だが、迷惑をかけるわけにはいかない。だから俺は大丈夫の一点張りでことを済ましていた。全然大丈夫ではないのに。
下らない毎日。つまらない毎日に飽き飽きしていた。子供の頃からだ。といっても小学四年生の頃ぐらいからか。
どうして学校に行かなければならないのか。どうして大人の言葉は絶対なのか。常識という鎖を繋がれ、犬の如く、ピョンピョン跳ねまわり、大人の喜ぶことだけを繰り返す。そんな世界に満足などしないのは当たり前だった。けれど力は無かった。無力に等しかった。
だって俺達は世界を、社会を何も知らないから。学校が全てであり、他は何も無かったから。俺達は何も知らない癖に社会を知った風に思ってた。気取ってた。
皆で立ち向かえば勝てると。でも何処かで気づいてんだ。
子供は大人の操り人形に過ぎないと。
反抗することを止め、戦うことを放棄した俺達に残されたのは支配されるのみ。徐々に形成されていくはずだった個性は何処へやら。皆、似通った連中ばかり。
俺はそれが嫌だった。でも俺も変わっちまった。すっかりとな。
子供の頃に大嫌いだった大人のように。
完全に狂った時間感覚を頼りにカーテンを開け、日差しを入れる。あまりの眩しさに溶けてしまいそうだ。そのまま溶けて消えてしまえばよかったのに。
「美香に会いたい……」
ポツリと出た本音。
「ったく、俺は何を言ってんだが。馬鹿馬鹿しい。言葉が出ちまうぐらいなら会いに行けば良いだろうが!」
故障していた時計の針が突然回り出した。失った時間を取り戻すかのごとく。
慌てて階段から駆け降りた。転びそうになった。母親は不在。俺が家を飛び出したと知れば心配すること間違い無い。
だが置き手紙をするほど時間はない。俺は早く彼女に会いたくて会いたくて仕方が無かった。
自転車に跨った。漕いだ。漕いだ。漕いだ。漕ぎ続けた。ペダルをいいかげんに回し、ガシャンガシャンと籠が泣き喚く。
相棒、お前が来るのをずっと待っていたぜ。さぁ、彼女を救う為にペダルを廻せ。俺はお前に付いていくぜ、何処までも。
さぁ、連れて行ってくれ。何処までも遠い場所へ。
ボロボロの自転車が俺へ想いを告げてくる。
だから俺も返答してやった。
「良いぜ、相棒。絶対に彼女を救ってみせる。だから俺に力を貸してくれ」
少しでも早く彼女に会うために。たった一人の女の子を守る為に。ただ一人の女の子の力になる為に。
俺はペダルを廻し続けた。
が。俺は馬鹿だった。彼女の家を知らないのだ。
何も考えずに漕ぎ続けた。いつも彼女と別れる道を横切った。勿論彼女は居なかった。どこにも。ここにも。居なかった。
存在が消えたかのように姿はどこにも無かった。
家路に着く頃には夕暮れから真っ暗闇に変貌し、何かが俺を襲いかかってくるのではないかと心配したものだ。
玄関のドアを開けようとするも開かない。鍵がかかっており、おまけにチェーンまでどうやら閉められたようだ。ガチャンガチャンというドアの雑音が世間に聞こえるのが嫌だったのか、漸くドアが開いた。
「た、ただいまぁ……」
母親が泣き、父親が腕組む姿。正しくそれは何か俺に言いたいことがあると言わんばかりだ。
だが俺は深い溜息を吐いた。正直自分が親だったらこんな息子に腹を立て、殴っていることだろう。
それでも彼等は俺の味方だった。
「帰ってきてくれて、ありがとう」
その言葉を聞いて、胸にくるものがあった。けれど餓鬼扱いされるのが気に食わないので適当にあしらった。
リビングへ向かうと俺の分と思われる夕飯があった。
この日の飯はやけに塩っぽかった。おまけにご飯が少し水っぽかった気がする。
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