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第五話 この世界は偽善に満ちている。
ピンポーンとチャイムが鳴り響いた。二階の自分の部屋で寝転んでいたので、身体を起こし、玄関へと向かう。勢いよく起きてしまったので、身体が重く、また少しだけ頭がクラクラしてしまう。階段をダダダと駆け下り、玄関の戸を開ける。
誰が来たのか、定かではないけれど、目星はあった。ドアを開ける。
そこには栗色の髪に、茶色っぽい瞳の美少女が居た。彼女は俺の姿を見ると、すぐに笑って声をかけてくる。
「おはよー、和人」
「あぁ、おはよう。彩。靴はそこらへんに置いててくれて良いから」
靴箱はあるけれど、入れる必要はないと彼女に促す。そして、スリッパもあるけれど、履く必要はないと指示を出す。
細かい男だと、思われてしまっただろうかと思いながらも彼女をリビング連れて行く。
一軒家ということもあり、家は大きい。親の仕事の関係で、お客が来ることが多いが、いつも立派なお家ですね、と褒められるほどだ。それがお世辞で言われている可能性もあるが、客観的に見ても大きい方だと思う。
今日は朝早くからのお誘いだった。もちろん、家には俺以外は居ない。つまり、女子と二人っきり。こんな展開どうすれば良いのだろうか。おまけに相手は俺に好意を持っている。
「わぁー広いね」
彩は部屋を見渡した。一応、以前押しかけてきた時に中を見られたことがあるんだけどな。
「そ、そうだな。本当に親には感謝の言葉しかないよ」
自分の家が狭いとは言い難い。だから、素直に認めておいた。
「まぁ、和人が建てた家ではないからねー」
ど正論を言われてしまった。俺は住んでいるだけで、実際にお金を払ったのは両親である。ローンが何十年間か残っていると言っていた記憶がある。
「それで俺の家で何をするんだ?」
「うーん。そうだねー、何をしよう」
ちなみに今日は勉強会として、集まった訳ではない。完全な遊びで連れてきたのだ。
と、言っても俺の家には何も遊べるものはない。家にゲームはあるけれど、最新型のものではなく、二段階ぐらい旧式のものしかない。
「あ、これ! 和人の写真?」
家のあちこちをウロウロしていた彩がテーブルカウンターに置かれた写真立てを指差す。
「あぁ、そうだよ。多分だけど、5歳とか6歳ぐらいの写真だな」
「か、可愛いー」
彩は顔をうっとりさせ、写真に釘付けだ。
「照れるから、そういうことを言うのはやめてくれ」
「へぇー。でもどうして、こんなに可愛い男の子がこんな男に……もしかして、整形した?」
「してねぇーよ。完全なる成長だよ!」
「だよねー。でも、やっぱり子供の頃の和人ってかっこいい。あ、この写真も和人だよね」
「あぁ、そうだぜ」
家族とは中々接する機会は少なかったものの、まだ幾分は昔は遊びに連れて行ってもらった。自分の誕生日は家族で祝った。でも、年齢を重ねる度に親の方も忙しくなった。
やはり、勤務期間が長くなり、役職に変化があったのかもしれない。そんな状況になる前の家庭。楽しかった頃の記憶。最近の写真はなかった。
「あぁ、それよりさ。お腹空いたよー」
「腹減るの早すぎだろ。お前、もしかして朝ごはん食べてこなかったのか?」
「う、うん。女の子は朝から色々大変なんだよ」
「と言っても、お前別に化粧とかしてないじゃん」
「むぅー、本当にわかってないな。心の準備だよ」
「心の準備ね」
確かに俺も緊張していた。同級生の女の子を家にあげた経験は皆無。
だから、入念に部屋を掃除した。でも普段からリビングでご飯を食べるぐらいで残りの時間は自室で過ごしているのでそれほど散らかっている訳ではない。
「それにですなー。ちょっと、変わったところもあるんだよ」
「へぇー」
彼女を一瞥。でもどこが変わったのか、全く分からない。女の子の変化って、わかり難いよね。特にクラスの女子が髪バンドを変えたらしいが、そんなの分かるかってな。
学校指定のヘアバンドって、茶色と黒だけなんだぜ。分かりっこない。
でもそんな些細な違いに気づくのが、女子であり、そんなところにまで理解がある男がモテるのだろうか。
「なんだいなんだい。その興味無さげな表情は! 美香のことが好きで好きでたまらないのは理解はしているよ。けれど、今日一日は私の下僕なんだよ、君は!」
いつから俺は彼女の下僕になってしまったのか。それでも今まで勉強を教えてもらった恩義があるので言い返す事は出来ない。今からも教えてもらおうと考えているし。
あれから何度も美香の見舞いに行き、どうやら彩と美香は下の名前で呼び合うようになったみたいだ。多分だが、美香が人懐っこい性格だからというのもあるのだろう。
俺と美香が普通に会話ができるようになるのに、かなり時間がかかったのに、なんかすげぇ悔しい。
でも、普通はそうだよな。クラス替えとかがあっても、1週間も経たない内にグループが出来、気づかないうちにひとりぼっちと。
おいおい、俺は何を言ってるのだ。みんなが呼び捨てで名前を呼び合う中、一人だけさんづけや君付け扱い。一種のいじめかなと思う日々。
だから、俺は何を言ってるのだ。まぁ、そんな風に単純に人と人の関係って構築するわけだ。
「はいはい、分かりましたよ。お姫様」
「アンタって、結構臭いセリフで言うわよね。それってなに? 自分を王子か何かと勘違いしてるの?」
「ちげぇーよ。ただの下僕だよ」
「私が言うのはどうかと思うけど、頭大丈夫? と言うか、Mに目覚めた? あれ、冗談のつもりだったんだけど」
「気にすんな。もう、一旦黙れ。恥ずかしいからさ」
わざわざ、一言一句指摘されると腹がたつ以前に恥ずかしくなる。なので、もうやめてください。そんな気持ちを抱かせながら、彼女から離れるようにキッチンへと向かう。
「おい、何も食べてないんだろ? 俺がなんか作ってやるから待ってろ」
「そのさ、もしかしてアンタって料理作れる系男子なの?」
「いや、普通に冷凍食品だよ」
「あぁ、なんか期待した私が馬鹿だった」
「なんか悪かったな。期待させて」
なぜか謝ってしまう。俺は何も悪い事はしてないのに。でも日本人はみんながみんなとは言わないけど、謝ってしまうよな。相手に何か助けられても、ごめん。
ごめんと謝罪の言葉をかける。その時は素直にありがとうと言えれば、素敵なのにな。
まぁ、そんなことを言う自分は感謝の言葉など小っ恥ずかしくて言えないんですけどね。
冷凍庫を開き、どれにしようかと悩む。ここは無難に冷凍食品ランキング1位と名高い炒飯がいいだろうか。それとも、お好み焼きかたこ焼きか。
でもうどんもありだな。
「好き!」耳元で囁かれた。どうやら彼女もこちらに来ていたらしい。全く気づかなかった。それよりもですね、人の家の冷凍庫を勝手に覗き見するのは良くないと思うぜ。
見られて不味いものは入ってないが、主婦力が確かめられるのは冷蔵庫からとか言うしな。母親は料理とは無縁の存在ってか、家にほどんど居ないからな。
父親も残業続きで毎日朝早くから、夜遅くまで。おまけに出張続きだからな。
ってか、なんなの好きって。それって、俺のことが好きとか言うことなの。
純情100パーセントと謳われる男だぜ。こんなの言われたら、マジで好きになるっつの。ていうかさ、誘ってんのか。これは俺への愛を試しているのか。
教えてくださーい。恋愛のプロ! こんな彼女居ない歴=年齢の男にご教授させてください。
「私もこの炒飯好きだよ! いつも休みの日とか食べてる。うちのママも好きなんだぁー」
誘っていると勘違いした俺が馬鹿だった。こいつはただの食い意地がはっているだけなのだ。
「じゃ、これでいいな」
レンジ対応のお皿を戸棚から取り出し、ハサミでささっと切る。端っこの方をほんのすこしだけだ。そして、大体一人分ぐらいかなと思うぐらいを入れ、レンジにっぽいと。
ラップをかけなくてもいいという点はとても優れていると思う。多少時間があると思っても、時間に余裕はない。お次はポットでお湯を沸かす。
手慣れた作業でこなす俺に惚れてもいいんだぜ、と心の奥底で思いつつ、ポットの電源を入れ、お湯の準備も完了。
「炒飯だけでは寂しいから、何かスープを飲みたいのはあるか?」
「うーん。そうだなぁー。ここはわかめスープかな」
炒飯にわかめスープ。組み合わせは悪くない。インスタントの粉末スープの素を取っ手つきのコップに投入。彩はテーブルカウンターで楽しそうに待っていた。
「なんか、ここお店見たいだよね。テーブルカウンターとか」
「まぁ、そうかもな。でも最近はこんな風にする家も多いそうだぜ。それにキッチンに立ちながら、子供を見てたりできるのはお子さんのいる家庭では利点があるからな」
「そっか。それにしてもこの家って大きいよね。後から、和人の部屋も見ていい?」
「元々、そのつもりだ」
数分後。レンジとポットがほぼ同時に終わりを告げる。対応皿と言えど、レンジで温められた皿を持つのは熱い。だから、鍋敷きに皿を置いて、持っていく。
「うわぁー、美味しそう」
すでに手にはスプーンが握られていた。どんだけ、腹が減ってんだよ。
いただきまーすと彩が手を合わせている間に俺はポットと飲み物を選ぶ。
彼女の「美味しいぃー」と言う声が聞こえてきた。料理はしてないが、なんだかとても嬉しく思った。もしかして、俺って下僕の素質が。
そんな事はないはずだ。
「なぁ、何を飲む? オレンジジュースでいいか?」
冷蔵庫を開け、どれにしようか尋ねる。出来るだけ、早くに返事が欲しい。一定時間、開けたままにしているとピーピーうるさいからね。
「他に何かある? あ、和人と同じものでいいよ」
ということは、コーラで決定。スーパーで購入した、2L サイズのコーラ。
値段も安いが炭酸が抜けすぎると美味しく感じられなくなるので開けたら、早めに飲むことを推奨。
手は生憎二本しかないので、彼女のコップとポットを先に持っていく。
「ほら、お湯は自分の好きな量を入れていいから」
「かしこまーりー」
彩は上機嫌である。人の家でタダ飯が食えて、それほど嬉しかったのだろうか。
彩がトクトクとお湯を注いでいる間に俺も自分用のコップにコーラを注ぐ。使った後はすぐに片付けましょうと、俺は冷蔵庫にコーラを入れる。
ジュースは冷えてないと美味しくなくなるからな。だから、TVで放送される際にペットボトルのジュースがそのままテーブルにあるのが許せない。こんなことを言うと、細かい奴だと言われるかもしれないが、本当に無理だ。でも氷とかがあったら、別にいいんだぜ。だが、そのまま置きっぱにすると、途中でもう一杯の時にそれほど美味しくないのである。それは分かってくれるだろ。
コップを持って、いざ出陣。彩の顔が見えるように向かい側に座る。
それにしてももぐもぐと美味しそうに食べるな。そんな姿を見ると、シェフは泣いちまうよ。
『へいへい、そこのウェイターさん。この料理を作ったのはどの人かね』
『すいません。お口に合わなかったでしょうか」
『早く呼んでくれ』
そんなこんなでシェフが登場し、客は彼に美味しかったと一言漏らす。こんな展開が自分の脳内で行われちまったよ。余談ではあるが、ウェイターは男性の従業員を指し、ウェイトレスは女性の従業員を指す。これは豆知識として知っておくと、頭が良い奴と思われる。物知りなんだね、と異性の相手に言われることは嬉しいことはないからな。
お次はわかめスープの入ったマグカップを両手で持ち、フーフーと息を吹きかける。どうやら彩は猫舌らしい。スープの味を口の中で味わい、ゴクリと喉を通す。
そしてこちらをじっと見つめ、一言。
「そんなに見ないでよ。食べにくいよ。それに恥ずかしいし」
彩の顔はわずかだが、赤くなっていた。確かに見られながら食べるというのは抵抗がある。これは小学生時代の話だが、私の学校には給食であった。おまけにお互いにグループを作り、楽しい会話をしながら食事するのだ。その際にスプーンや箸の持ち方。または最初に何を食べるのか、最後に食べるのは何か。何が苦手で、何が好きなのか。そんなことまでわかってしまう、それが給食である。特に牛乳嫌いの方には少々酷な場である。
「悪かったな。でも可愛いなと思ってしまったよ」
「ちょ、ちょっとさ。そういうこというの本当にやめてよ。君は私じゃなくて、美香のことが好きなんだよね。そういうのってさ、ダメだよ」
「いや、ただ俺はそんなつもりはねぇーよ。それに見つかると思うぜ。彩みたいな美女ならいくらでもな」
「だからそういうお世辞も要らないの」
その後も色々と彩は不満を漏らしていたが、顔は真っ赤だった。
ごちそうさまでしたの声が聞こえ、俺は彼女の使用した食器を洗う。その間に彩はゲームを物色中。
「あ、これってGCじゃん。これ、私も好きなんだー。お姉ちゃんと昔、いつも遊んでたよ」
意外だった。というか、お姉ちゃんがいるのか。どんな容姿なのか、凄く気になる。多分だけど、彩のお姉さんだし美人なんだろうな。会ってみたいな。
って、それじゃない!
「知ってるのか! GCをお前は知ってるのか!」
泡が残らないようにしっかりと水で注ぐ。食器を拭くのは後からでも良いだろう。手をタオルで拭いて、彩の元へ。
「うん。知ってるよ! というか、家にあるもん。これって本当に神ゲーが多いよね」
神ゲー呼ばわりするとは。もしかして、かなりのやり手だろうか。
「そうなんだよ。このゲームは神ゲーが多いんだ。もう、何度でも遊べるゲームが多い。作品の出来が素晴らしい。正直、今発売されても、十分戦えるレベルだと思ってる」
「和人君って、かなりのやり手?」
不思議そうな顔だった。
「まぁーな。正直、これ以外のゲームを持ってない」
「へぇー意外だな。色んなゲーム機持ってやってそうなイメージがあったのに。これも一つの発見だね!」
「こっちも驚いたぜ。こんな近くに熱く語りあえる人間がいたとはな」
俺たちは二人でGCゲームを遊びつくした。普段は一人でするが、二人でやると盛り上がる。定番ゲームもマイナーゲームも遊んだ。
あっという間にお昼になった。お腹が空いてきた。
「なぁ、昼飯はどうするかって、別に要らないか」
「食べるよ! 私も食べるもん!」
「太るぞ」
「あぁ、いま太るって言った! あのね、私はね、成長期なんだすよ! だからたくさん食べて、大きくならないと」
確かに胸元は寂しかった。これは大きくした方が良いだろう。
「そうだな。成長期だもんな。俺も身長伸ばすために食べるよ」
「む、ふっふっふ。ここは私にお任せあれ。私がとびっきり美味しいパンケーキを焼いてあげよう」
「パンケーキの粉ないぞ」
その言葉を聞いた瞬間の彩の表情は面白かった。唖然である。
「ど、どうしてパンケーキの粉が……」
「あのなぁ、俺は普段麺類と冷凍食品とか、コンビニ弁当ぐらいしか食べない人間なんだよ。さっきも見たろ? 俺は料理が下手なんだ。それに親もほどんど居ないし。つまり、端的に述べると俺は料理もしないんだ」
「そっか。そうだよね。自分の家にあるのは、誰もの家にあると考えていた私が悪かったよ。そうだ、今からさスーパーに行こうよ」
「スーパー? 暑いだろ、外は」
「むぅー。今日の君は私の下僕なんだけどなぁー」
「へいへい。わかりましたよ。じゃ、行くとするか」
自宅の戸締りをしっかり確認。そして、自転車に跨る。
「ほら、お前も乗れよ」
「そ、そのさ。今日、ワンピースなんだけど」
「あぁ、それがどうしたんだ? 可愛いと思うけど」
「あ、ありがとう……って、そこが問題じゃないよ! そのさ、私も一応女の子なんだよ」
一応、女の子って、自分を男の子と思っていた時があったのだろうか。逆に気になる。
「スカートがひらり、ひらりとなったらね」
なるほどな、つまりはパンツが見えるかもしれないって心配してるわけだ。
「大丈夫だろ。誰もお前のパンツになんか気にならないだろ」
「ん! いま、かなり酷いこと言った!」
「いや、嘘です。超興味あります! ねぇねぇ、今日のパンツは何色?」
「うわぁ、本性出してきた! へ、変態!」
「お前が言ったんだぞ。だから気になってやったのに」
乙女心とやらは分からないものだ。
「まぁ、大丈夫だ。ゆっくり運転するからさ」
渋々彼女は納得したようだ。自転車の荷台に乗る。ちなみに俺の自転車はママチャリである。籠もついているから、買い物には便利なんだぜ。
というか、人通りが多いから早い自転車はあまり役に立たない。それに信号が多いから結構引っかかるんだよな。
こうして、ペダルを踏み始める。そして、後ろに声をかける。
「なぁ、もしかして最近太ったか?」
「し、失礼ね。でも、少しは太ったかも」
「そっか。やっぱりな。ペダルが以前よりも重かったから」
「ちょっとさ。デリカシーがないわよ。本当に。それと太った理由はアンタのせいなんだからね」
腰に腕を巻く力が強くなった。
「だからさ、今だけは甘えさせてよ」
彼女の吐息が耳にかかる。こしょまゆかった。それと小さな二つの果実が背中に当たっていた。蝉の鳴き声が増して、聞こえてきた。
こんな夏は二度と来ない。彩とこうして共に夏を過ごす夏は。同じ高校に行ければ、それが一番良いのだが、学力がまだまだ足りてない。
だから、頑張ろう。少しでも頑張ろう。ペダルを強く踏みしめた。
スーパーに到着。割と大きなスーパーである。主婦はもちろんのこと、子供の遊び場としても名高い。大手スーパーに合併され、以前のスーパー名は変わってしまったけどな。
でも近所に住む人々は大助かり。新たなポイントカードができ、駐車場も大きくなって、来やすくなったとね。少しずつではあるが、この街は変わってきている。
でも時というのはそんなものだ。変わらないものなんて、本当にあるのだろうか。
多分だが、もう少し経てば、もっとこの街は変わるだろう。都市計画が順調に進んでいるらしい。それは喜ばしいことだと思うけれど、悲しい気持ちにもなってしまう。
店内に入り、カゴを手に取る。彩はカートに乗せたいようだったが、そんなに商品を買うつもりはない。
「俺が持つから、安心しろ」
「そっか。それは一安心だ。そうだな、まずはパンケーキの粉だね」
どの場所に何があるのか把握していた綾は俺をスタスタと前を歩いた。俺は彼女についていった。そして、パンケーキ、ボトルに入ったチョコを手に取った。
「まぁ、今日はチョコな気分かな。あ、それとアイスコーナーに行こうか」
お次はアイスを購入。共にバニラアイスを買った。棒付きのものではなく、スプーンで食べるアイスである。彼女の話によると、パンケーキの上にアイスを乗せ、その上からチョコをかけて食べると絶品なのらしい。
レジに通し、お買い物終了。後は家に帰るだけだ。カゴに荷物を入れる。自転車に跨る。
「それにしても本当に知り合いに会わないよな。みんな、ずっと家に引きこもってたり、塾に行ってたりしてるのか。去年までは知り合いぐらいは普通に会ってたけど」
「うーん。そうなんじゃない。でもさ、突然友達とかに会うと驚くよね。それも完全オフの時とか」
「完全オフってどんなときなんだ」
「あぁ、その近所のコンビニとかに行く時よ。もう、クロックスでいいよねと思って行くと知り合いに会って、みたいな」
あぁ、確かにある。特にそんな時は嫌だな。普段はこんな服を着て、外を出歩くんだと思われるからな。それがたとえ、完全ラフな格好とかだとなおさらである。
「すごくわかるよ。ちょっと、しっかり掴まってろよ」
「え。え?」
「アイスが溶けるだろうが。だから急いで帰るんだって」
彼女がぎゅっと俺を抱きしめる。手が若干震えていた。
「安心しろ。大丈夫だからさ」
ペダルを回し始める。さぁ、家に帰るだけだ。通りにあるゴミ捨て場でカラスと猫が戦っていた。また、犬の散歩をする人にも会った。
動物ってこんな蒸し暑い夏の真昼間から散歩に連れて行かれて、どんな気持ちだろうか。それも地べたは物凄く暑いはずだ。でも主人は意気揚々と自分は毎日のルーティンをこなしていますとアピールするかのように楽しそうだった。
犬は口からベロをだらんとだらしなく、出していた。喉が渇いて大変そうだなとか思いながらもペダルを回した。
自宅に帰還。手を洗って、その後は彩が一人で作るといい出したので俺は一人携帯をいじる。メールを確認。美香から連絡があった。
『美香:三日後が手術だと思うと緊張するなー。でも絶対に良くなるから!』
持病持ちの中学三年生。昔から学校にはほとんど通ってなくて、そして他者との関わり方も下手な女の子。自分と関わると相手が傷つくのを知ってい他のだ。自分が他の人々とは違う特殊な人間だと理解し、自ら他者と接することを避けていた。
けれど、それは間違っている。人間は残酷で、残忍な奴もいる。けどさ、大半の人間はそんなことどうでもいいと思っているはずだ。持病持ちだから、なんだと。
病気だからなんだとな。まぁ、少しは気を遣われれることがあるかもしれないが、それだけ心配されているってことなんだよな。
まぁ、これはあくまでも持論で、人間は色んな考え方のやつがいる。だから、とやかく言うつもりはないけれど、俺は美香が病気だからって下に見るつもりはない。
友達として、または世界で一番愛してる人として、俺は彼女を見ている。
『和人:俺は美香の病気がどんなものなのか、詳しくは知らない。でもさ、安心しろよ。俺はお前の味方だぜ。これからもずっとずっと。だからさ、終わったら一緒に海を見に行こうぜ』
自分の中で言える最大の励まし。自分が言えることはこれぐらいにしかない。
携帯を閉じた。そして、彩に喋り掛ける。
「パンケーキ。食べ終わったら一緒に美香のところに行ってみようぜ」
「うん。行こう。私も行こうと思ってたんだ。でもさ、手術前だよね。行っても大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。それにだからこそ、行った方がいいだろ。手術当日に行くのはちょっと行きにくしな」
俺たちは子供だ。でもある程度の分別はある。手術当日は流石に行かない方がいいだろうという結論に達している。正直、美香の家族の邪魔になると思うからだ。
幾ら、友達であろうとも、少々出すぎた真似はしない方がいいはずである。
「でもさ、嬉しいと思うんだよね。美香は」
「確かにそうかもしれないが、美香のことだ。絶対に俺たちには来るなというだろうよ。心配はかけたくないとか言ってさ」
「あのさ、和人。和人はさ、美香に色々と心配をかけてもいいんだぜって言ってるけどさ、こういう時は逃げるよね」
「はぁ? どういう意味だよ」
「だからさ、その言葉通りだよ。美香から聞いたよ。和人君は心配かけても、いいんだよ。だって俺たちは友達だからなって。でもさ、友達だから心配はかけたり、かけられたりするんじゃないの?」
「おいおい。彩、冗談はきついぜ。今は美香の身体が心配だから。そのためだよ。アイツは自分のことよりも、周りのことばかりを考える優しい人間なんだよ。だからさ、これ以上行くのは迷惑だろ。それも手術当日に行くのはさ。家族の気持ちも考えろよ」
ホットケーキができたようだ。アイスをスプーンで取り、ケーキの上に乗せる。チョコをその上にかけた。ホットケーキの熱のせいか、アイスが溶けていた。チョコと絡めて。食べると美味しそうだ。それを俺に手渡してくる。
「ありがとうよ」
「どういたしまして」
「あのさ、和人。和人は美香のためとか言ってるけど、それってただの自分のためだよね」
「違う。違うよ」
ホットケーキを口に入れる。美味しかった。アイスとホットケーキの相性はバッチリ。また、チョコとアイスの絡みもよかった。今後はこれも定期的に作ろう。
「実際そうじゃん」
「だから、違うって言ってんだろ! 俺だって、本当は行きたいよ。でも友達って言ったって俺たちはまだそんなに付き合いも長いわけではないんだよ。そして相手は家族。絆が違う。正直、迷惑な話だろうが」
「関係ないよ! 美香のことを好きって気持ちは負けてないもん!」
「わかるさ。でもさ、ここは引くべきだ。だから今日と明日は行こう。そして、前日と当日は行かないようにしよう。これは俺のためとかじゃない。ただ、これ以上美香を苦しめたくないんだよ。だから手術が終わったら、とびっきりアイツを笑わせてやろう」
俺は本心を告げた。彩は顔を渋りながらも俺の意見に最後には納得した。
アイスが溶けていた。やはり、夏だ。蝉の声も徐々にではあるが、聞こえなくなってきた。夏の終わりは近い。カレンダーに目をやると、ばつ印マークがある。その数が夏休みが終わりを告げた数である。数え直す度に感傷的な気持ちになる。
だが、時が止まることはない。ならば、俺たち人間は一方通行な時を駆け続けるしかない。ただ、全力でずっとずっと。
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