第六話 この世界は愛情に満ちている。

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第六話 この世界は愛情に満ちている。

 夏が好きか嫌いかと問われれば、好きだ。暑くても、蝉が煩くても、虫がブンブン飛んでいても、みんなが日焼けしているのに、自分だけ白くても、俺はそんな夏が最高だ。  大好きなのだ。ちなみに9月とかに学校行ったらコイツ全く外に出ていなかったなと思われるのは辛いものである。でも何故か女子受けはいい。  そんな俺の夏休み。中学最後の夏。俺は女の子と二人っきりで自宅に居た。そして、俺の部屋で彼女はベットに横になっていた。俺を誘っているのか。  どうなのだろうか。目線を合わせると、彼女は顔を真っ赤に染め上げた。これが青春なのだろうか。誰もが一度は夢を見た。女の子との、輝かしい夏物語。  今日も暑いね、と白のワンピースを身に纏った女の子。それに合わせ、俺も相槌を打つ。そんなどこか夢見た世界。膨らむ妄想。縮まる現実。  実際、夏の終わりが近いのである。アレもしたい、これもしたいなど言っている暇はない。もう時間がないのだ。学校の宿題はもう終わらせた。あとは、時が経つのを待つのみ。  「ねぇー恥ずかしいから、そんなに見ないでよ」  夏。一線を越えていいのか。俺たちはさらなる関係になってもいいのか。  そんな感情が生まれる。だが、女の子は待っている。こんな俺を待っているのだ。  「可愛いよな。お前ってさ」  何度思い続けたことか。俺は何度彼女のことを好きになっただろうか。いつも明るく、みんなの人気者ででも心には闇を抱えてて。  そんな女の子の秘密を知っているのは俺だけだ。俺はそれがたまらなく、優越感があった。俺にとって、彼女は特別で。そして、逆に彼女にとっても俺は特別。  「ちょ、何を言っているのかな。君には美香がいるでしょ」  「でもお前が悪いんだぞ。ベットに横たわったり、するから」  ベットに腰掛けていた身体を少しずつ、彼女に近づける。  「そんなつもりじゃないもん」  「でも一緒だろうが」  彼女の手を握る。温かかった。温もりを感じる。エアコンがガンガンに効いた部屋。  「ごめん、私は出来ない。その本当にごめん」  彼女は泣き始めた。  「わ、私は裏切れないよ。美香のことはやっぱり」  その言葉に現実を思い知った。俺は何をやろとしていたのか。一時な感情に揺れ動かされていた。最低だ。俺は最低だ。  「ご、ごめん。悪かったな」  その言葉を皮切りに部屋には沈黙が渦巻いた。  漫画や小説は大量にある、自室。女の子と二人っきりだというのに、会話はない。  ただ二人、別々に熱中した。時間がすぐに経った。  もう、時間だ。  「さっきは悪かったな。美香の見舞いに行こうぜ」  彩に声をかけると、頷かれた。  自転車に二人乗りで病院へ向かう。ギィーコギィーコと奇怪な音を鳴らしながら。  走行中も話はしなかった。でも俺を抱きしめる力は強くなっていた。  病院に到着。自転車を降り、病室へ。  その時である。荒げた声が聞こえたのは。  「いやだ! 手術は受けたくない!」  美香の声だった。静かな病院内では目立っていた。  「美香、お願い。手術を受けて!」  美香の母親の声も聞こえてきた。  「もう、いやだよ。身体に傷が付くの嫌だよ、もう」  美香の弱気な発言。こんなの聞いたこともなかった。  「でも、お願い。美香! 受けて! これで終わりだから」  「それ、前も言ってたじゃん」。だけど、また手術を受けないと。それに怖いよ。もしかしたら、死んじゃうんでしょ!」  「大丈夫よ、美香。美香は強い子だもの。あなたなら大丈夫。きっと、大丈夫」  「怖いよ、ママ。私、死にたくない」  悲痛な叫びだった。自分と同じ歳の女の子が放つ言葉。  俺は今まで死というものを感じたことがなかった。でも彼女はその死と戦っているのだ。  「大丈夫、大丈夫だから。手術の成功率は80パーセントもあるの。大丈夫よ」  「大丈夫じゃない! 私が死ぬって確率も20パーセントもあるってことでしょ。今まではどうにかなってた。でも、今回は無理かもしれない」  「お母さんは信じてるから。美香が絶対に良くなるって」  「私ももっともっと色んな友達と仲良く遊びたいよ。もっともっと、和人君や彩ちゃん達と一緒の夏を遊びたかったよ」  「夏祭り……行きたかったよ」  「花火見たかったよ」  苦しい美香の叫びは部屋から漏れていた。だが、騒がしい病院。色んな人達が行き交う場所ではそんな声もすぐに消えてしまう。  だが、俺の心にはしっかりと刻まれた。美香の本当の気持ちが。  隣に居る彩と見てみる。彩も複雑そうな表情である。  「なぁ、彩。今、中に入るのはやめておこう」  「う、うん」  俺と彩は病院の待合室で待つことにした。ソファーに座りこむ。  「私、知らなかったよ。美香があんなになってたなんて」  「あぁ、そうだな」  「私、ずっとずっと美香は明るくて元気な人だと思ってた。でも美香も普通の女の子なんだね。私、誤解してた。どこか、強い芯を持っていると思ってた。でも、美香は」  そういって、彩が大粒の涙を流し始める。俺は彩をそっと抱きしめた。  彩は俺に身を任せ、肩に頭を寄せる。  「大丈夫だ。美香はきっと大丈夫」  俺は今ままで死と隣り合わせになった経験がない。だから、どれだけ美香が苦しいのかさっぱりわからない。でも、より一層美香の隣にいたいと思った。  少しでも笑わせてやりたいと思った。でも、どうすれば。  俺は医者ではない。だから、病気は治せない。俺は家族ではないから、出しゃばりすぎることもできない。友達として、そして、俺が好きな人としてできること。  それはなんだろうか。口だけでは美香を助けたいと思いながらも何もできない。そんな俺ができること。そんな俺たちができること。  「彩、俺たちはどうすればいいんだろうな」  彩は何も言わなかった。多分それは彩自身もわからないからだろうか。  サプライズで美香に会いに行こうと思っていたが、メールを送って了承をもらってから行くことにした。あんな重い場に居れる気がしなかったからだ。  あぁいうのに口出しできる立場ではないからだ。  すぐに返事があった。良いよと届いた。俺と彩は30分ぐらい、待合室で時間を潰した。彩はトイレで目を洗い、少しは赤みが取れていた。  美香に心配はかけたくないと思ったのだろう。  一度、中に入ろうと思っていたが、逃げ出した場所。そこに戻ってきた。  俺と彩は顔を見合わせ、部屋のドアをノックする。  すると、すぐに返事があった。スライド式のドアを横にずらす。  そこにはいつもの美香がいた。いつもの元気な美香だ。  美香はいつもように外を眺めていた。そして、いつものようにこちらを向き、ニコッと笑顔。  「にひひ、二人ともごめんね。私なんかの見舞いに来てくれてさ」  「そんなの全然大丈夫だよ」  「むしろ、美香の為なら何度だって来れるよ、私は」  美香のお母さんもいた。俺たちを見て、泣いていた。  娘のために見舞いに来てくれる友達。それが嬉しかったのだろう。  下を向いて、泣いていた。必死に涙を流さないと決めていたのだろう。  俺は初めて美香のお母さんが泣いているの見た。  「ちょっと、お母さん。外にいるね。和人君も彩ちゃんもゆっくりしていってね」  美香のお母さんはそのまま涙をぬぐいながら、病室を後にした。  その姿を見て、美香はぽつりと呟く。  「また、お母さんを泣かせちゃったな。にひひ」  その笑いは辛そうだった。自分のせいで誰かが傷つく。そんなの誰も見たくない。それも自分が心の底から好きな人が。  「嬉し泣きだ。だから良いんだよ」  「でも泣かせたのは事実。親に心配かけるのは親不孝だね」  「それなら、お前がいなくなるのはもっと親不孝になるな」  美香は驚いた顔だった。身体をピクリと動かして、震えていた。  「俺たち、さっき美香の本当の声聞こえてきたよ。というか、実は1時間前に一回病室の前まで居たんだ」  「か、和人」  彩が俺を止めようとする。けど、俺は言った。  「俺は美香がどんなに苦しい思いをしているのか、わからない。だけどさ、俺は美香にはもっと長生きしてほしい、もっと笑っていてほしいんだ」  「わ、私も美香にはもっと仲良くなりたい! もっともっと美香のことを知りたいな」  「にへへ、おかしいなぁ。嬉しいのに、こんなに嬉しいのに。涙が出てきてしまったよ。本当に和人君は意地悪だなぁー」  美香が笑顔で泣き始めた。大粒の涙が引力に逆らうことなく、落ちていく。  「大好きな人たちにそんなことを言われたら、嫌なことでも頑張れる気がするよ。にへへ」  「み、美香……」  彩が美香をぎゅっと抱きしめた。そんな姿を見て、微笑ましかった。  「でもね、美香。私、一つだけ美香にお願いがあるの。ううん、違うな。これは一つの勝負かな。私も、和人のこと好きっぽい」  「知ってるよ。彩ちゃんが和人君のこと好きなこと。でも、私が好きだから和人君のことを諦めようとしてることも」  「だからさ、彩ちゃん。これからは、私たちは友達でもあり、ライバルだね」  「うん。私達はライバル」  俺は何もいうことはなかった。これで二人の仲が少しでも良くなるのなら。  「だから、私は夏祭りに和人に告白する」  本人の目の前でそんなことを言うのはやめてくれ。こっちだって、緊張するだろうが。  「だからさ、これが最後のチャンス。これで私が無理だったら、和人は美香の。これで成功したら、私の。これで文句はないよね?」  「うん。良いよ。でも、彩ちゃんも私も選ばれなかったら?」  「その時はその時よ。美少女二人に言い寄られても、好きにならない男だと学校で言いふらしましょう」  「おいおい、それは勘弁してくれ。男子から総批判くらうだろうが」  「でももう、和人の中では決まってるんでしょ?」  「あぁ、もうな」  俺は小さく呟いた。その声は蝉の声とエアコンの音でかき消された。
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