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「お願いだ。恋愛運を下げる方法を教えてくれ!」
ぼくは黒塚さんに言った。
場所は学校近くの喫茶店。学校帰りのぼくと黒塚さんは、小さなテーブルを挟んで向かい合って座っていた。テーブルの上には今さっき店員が運んでくれたコーヒーとミルクティー。ちなみにコーヒーを頼んだのは黒塚さんのほうで、彼女はコーヒーをブラックのままひと口すすった。
「それがあなたの相談?」
コーヒーカップを静かに受け皿に戻し、黒塚さんが言った。
クールで大人びている黒塚さんは、きれいな容姿とミステリアスな雰囲気から魔女だなんて呼ばれている。でも彼女が魔女と呼ばれるのは容姿のせいだけじゃない。黒塚さんは恋愛占いができるのだ。しかもよく当たると評判で、黒塚さんのアドバイスに従ったおかげで恋愛を成就できた人が何人もいるとか。それで黒塚さんは魔女と呼ばれるようになり、今では彼女に恋愛相談をする人が後を絶たないという。かく言うぼくもそんな噂を耳にして黒塚さんに恋愛相談をしているわけだけれど……。
「恋愛運を下げたいなんていう相談は初めてよ。それはいったいどういうわけかしら?」
「それが……」黒塚さんの問いにぼくは答える。「自分で言うのもアレなんだけど、最近複数の女の子から言い寄られているっていうか、迫られているっていうか……」
「あら、モテ期というやつかしら? よかったじゃない」
「よくないからこんな相談をしているんじゃないか」ぼくは必死に訴える。「そのせいでぼくは散々な目に合っているんだ。罵倒することでしか愛情表現ができないツンデレな子の相手をしたり、ちょっと他の女の子と会話しただけでカッターをちらつかせてくるヤンデレな子をなだめたり、TPOもわきまえずベタベタ抱きついてくるアホの子をかわしたり……、とにかく大変なんだよ! っていうか好かれるようなことは何ひとつしていないのに、なんで彼女らは寄ってくるんだ? しかも妙にキャラの立った女の子ばっかり……、ハーレムもののラブコメかよ! いつからぼくは主人公になったんだ! いや、最初はちょっとうれしく思ったよ? 女の子に言い寄られるなんて今までなかったからさ。だけどもう疲れたよ……。平穏な日常に戻りたい……。だからこれ以上モテないために、恋愛運を下げる方法を教えてほしいんだ!」
「なるほどね。モテる人にはモテる人の悩みがあるということかしら。まったく、聞く人が聞いたら贅沢な悩みだと怒られそうなものだけれど」
「それでどうなの。数々の恋愛を成就させてきた黒塚さんなら、逆にモテないようにもできるんじゃないかって思ったんだけど」
「そうね、ただのモテ期なら簡単なのだけれど、あなたの場合は……」
そこで黒塚さんはコーヒーを飲み、ひと息ついてから言った。
「ちょっと、左手の小指を見せてくれる?」
「左手の小指?」
疑問に思いながらも左手を差し出すと黒塚さんはぼくの手を取り、小指を凝視した。その目は見開かれ、怪しく輝いているように見えた。
「やっぱりね」
やがてふだん通りのクールな目で黒塚さんが言った。
「やっぱりって何が?」
「あなたの運命の赤い糸を見たわ」
「運命の赤い糸って、あの結ばれる相手と繋がっているとかっていうアレ?」
「そうよ。その糸だけれど、あなたの小指に大量に巻き付いているわよ。ざっと数えて50本くらい」
「は?」
言われたことを飲み込むのに少し時間がかかった。
運命の赤い糸が50本だって?
「いやいや、待ってよ。運命の赤い糸ってたったひとりの運命の人と繋がっているんじゃないの?」
「いえ、相手がひとりだけとは限らないわ。糸を複数持っている人もいるし逆にゼロだっていう人もいる。というか世界の人口は常に偶数ってわけじゃないのだから、必ず1本だとしたら数が合わないじゃない」
「な、なるほど」
「とは言えさすがにこんなに持っている人は初めて見たわ。ふつうは多くても3本ってところなのに。とにかく、これであなたの言われなきハーレムっぷりも納得ってものね。みんな運命に導かれて、あなたに近づいているのよ」
「そ、そんな……。運命だとしたらどうにもならないってことか?」
「いえ、運命の赤い糸と言っても絶対的なものじゃないし、いろんな要因で切れることもあれば結ばれることもあるわ。いわゆる運命を変えるというのは不可能じゃない。なんなら私が切ってあげてもいいしね」
「そんなことできるのか?」
「ええ。じつはわたし、縁を結ぶよりも切るほうが得意なの」
「マジか」
なんというか、魔女と呼ばれるだけはあるな。
「じゃあ頼むよ。その運命の赤い糸とやらを切ってくれ。もういっそのことバッサリとな」
「あら、ほんとうにいいのかしら?」
「それで平穏な日常が戻ってくるのなら本望だ」
「そう……。わかったわ。でもひとつ条件があるのだけれど」
「条件?」
「……こ、今度の日曜日、わたしとデートして」
「え?」
今なんとおっしゃいました?
ぼくが黒塚さんを見ると、彼女の頬が赤く染まった。
運命の糸が余計に絡まった気がした。
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