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「一言でいえば、予知能力を得る薬です」
「ヨチノウリョク?」
隆太が聞き返すと、三浦は頷いてから話を続けた。
「地震が起こる前に動物が逃げ出したという話は聞いたことがあると思います。それは動物が予知能力を持っているからだと考えられています。おそらく動物は生存ために予知能力を身に付けたのでしょう。実は、原始時代の人間も生存の必要性から、予知能力は備わっていたと思われます。ところが、進化の過程でしだいに必要としなくなり、今では極めて弱い予知能力しか持ってません。胸騒ぎや虫の知らせと言われるものです」
隆太は黙って頷く。
「当社はネズミに注目しました。古くからネズミは地震や火事が起こる前に森や家から逃げ出したという報告があります。また、沈没する船からも逃げると言われています。ネズミは危険を予知する能力が特に優れていると考えられます」
マニュアルに沿って話しているのだろう、三浦は淀みなく事務口調で続ける。
「研究の結果、当社はネズミの脳から予知能力を高める物質を抽出することに成功しました」
「その物質で薬を作ったんですね」
「ええ。危険を予知する能力を人間が持てば、いろんなことに役立ちます。地震発生前に避難できますし、交通事故もなくせます」
三浦はテーブルの上に置いてあるプラスチックケースに手を伸ばした。蓋を開けて、隆太に見せる。ケースの中にはカプセル薬が三つ入っていた。青色、黄色、赤色と色分けしてあった。
「薬の強さによって色分けしてあります。青、黄、赤の順に薬の効力は強くなっていきます。その分、副作用も強くなります。まず青色のカプセルから試していただきますが、黄色と赤色の薬を飲む場合、そのつど契約していただきます。だから、副作用が心配になれば、途中で治験を辞めることもできます」
三浦は手元にあった紙を隆太の前に差し出して、
「では、契約書について説明させていただきます」
と言って、契約の内容を説明し始めた。
隆太はほとんど内容を理解できなかったけれど、報酬はいくらなのかだけは分かった。
隆太は契約書にサインした。
「で、手当はいくらなの」
真由が聞いた。口の端に付いたパスタのミートソースを舐める。
久しぶりにまとまった金が入ったので、隆太はガールフレンドの真由をファミレスに誘った。何でも好きなもの食べていいと言ったけれど、真由はいつものようにパスタを選んだ。ステーキでも選べばよかったのに、隆太の懐具合を気にして遠慮したのだろう。
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