危険予知薬

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 部屋はほどよい温度と湿度に保たれていた。壁は淡いクリーム色でグレーの床は染み一つない。ドアを締めながら、隆太は病院のようだと思った。製薬会社の研究所とはどこもこんなものだろうか。  ベルトコンベアが巻き上げる埃、金属同士が当たる衝撃音、役立たずの空調――隆太がいた職場はそんなところだった。  その職場を隆太が馘になったのは一か月ほど前だった。派遣社員だったので、いつかは雇い止めになるかと覚悟していたけれど、遂に現実のものになった。  次の仕事を探していたとき、偶然前の職場で一緒に働いていた同僚に会った。彼も隆太と同じ時期に解雇されたのだが、今は警備員の仕事に就いていた。  隆太が仕事を探していると言うと、治験のアルバイトを紹介してくれた。 「治験?」 「そう、治験。新しい薬を作ったら、まず動物実験をして効果や副作用を調べるんだ。それがオーケーだったら、今度は人間で調べる。それが治験だ。でも、まだ承認前の薬なので普通の患者に使うわけにはいかない。だから、志願者を募って飲んでもらうんだ」 「その志願者をアルバイトで募集してるのか」 「そうだ。どんな副作用があるか分からないので、結構いい収入になる」  その元同僚と別れた後、隆太がネットで治験のアルバイトを探すと、誰でも名前を知っている大手製薬会社が募集していた。 「小堺隆太さんですね」  壁と同系統の色をしたテーブルの向こうに座っている女が声を掛けてきた。 「どうぞ、お掛けください」と言って、その女はテーブルの前にある椅子を手で示した。 「小堺です。よろしくお願いします」  隆太はぺこりと頭を下げて、椅子に腰掛けた。 「私は担当の三浦と申します。今回、私どもの治験に参加していただきありがとうございます」  三浦と名乗った女は事務口調で話す。紺色のビジネススーツが普通に馴染んでいる。年齢は隆太より少しばかり上か、そう三十代半ばだろうか。しょぼくれた隆太と違って、大企業の社員らしく自信に溢れた表情をしている。 「当社で開発した薬が人に有効かどうか、また、どのような副作用が現れるのか。それらのデータを取るために、小堺さんに薬を飲んでいただきます」 「どんな薬ですか」
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