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小学生のあの日、鶏小屋を野犬が襲った。鍵も壊されていて中の鶏は全滅だった。食い散らかされた鶏を片付けるために道具を取りにいったお父さんと入れ違いで着いた私は、それを見てしまった。
コンクリートの壁一面に飛び散っていた赤い染み。名前こそつけていなかったけど、卵をとりにいったりたまに掃除をしたりしていて愛着があった私は、ただただ鶏たちがかわいそうで仕方なかった。
なんとかしてあげたくて、それでずっと前にじいちゃんから聞いた燃やして供養するという話を思い出した。
死んだものは天国に行けるように燃やして煙にする。
とてもいい考えだと思いタバコを吸いに行ったお父さんに渡そうと思って持っていた百円ライターで火をつけた。何かにつけて火を広げるという発想がその頃はなかったから、とりあえずそのまま投げ入れた。
鶏の上に落ちて、燃えて、燃えて、壁に飛んだ染みみたいに黒っぽい赤い火が小屋一面に広がって、私は茫然とその光景を眺めていた。むしろ肉が焼ける臭いに顔をしかめながらも微笑んでいた気がする。
パチパチと小さかった火がいつの間にか大きな炎になって小屋を包んでいたが不思議と焦りはなかった。ゴウゴウと音をたてて勢いを増している炎の奥、歪んだ視界で少しずつ鶏の形が崩れていくのが見えた。
これで鶏たちは空に行けると本気で思っていた。
その時、燃えた柱が倒れてきて、ああ古いから腐っていたのかなと頭上に落ちてくるそれを眺めていたら――お母さんが来たんだ。
異常に気付いてかけつけたお母さんは、私をかばって炎に覆われた。
びっくりして私は何も出来なかった。声が震えておかあさんと呼ぶことも出来なかった。長くて綺麗な黒髪が赤く染まり、ただの火の粉になって地面に落ちるのを黙って見つめていた。その後お父さんとじいちゃんがすぐにかけつけてお母さんは幸い大けがにならずにすんだが、やけどの跡だけが残った。
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