サラによる福音書 第一章

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 「あいたたた......。」 20メートル程上から落下してしまったらしい。幸い、途中から斜面を転がったのと、念には念をの精神で身につけていた対角人用装備が功を奏したのか、軽い打撲と打ち身で済んだようだ。しかし20メートル以上も高い場所から落ちてしまっては、元の場所に戻るのも困難だ。泣きっ面に蜂とはまさにこの事でロックとはぐれてしまった。人類が単独で出歩くのは相当危険である。角人なんかと出食わせてしまえば一巻の終わりだ――  「なんだ、今の音は。」  ――終わった。角人がそこにいた。  落下してしばらくは周辺にいなかったはずなのに、いつの間にか15メートル程前方に、額に2つの突起物を持った男が立っていた。  「――ッ!」  私は我に返り、すぐさま対角人専用ライフルの準備をしようと背中の銃身に手を伸ばしたが、ここまで間合いを詰められていては、角人相手にこんなものはガラクタ同然だ。  「人か。この辺には人の集落はなかったと思うんだが、放浪者か。」  私は黙って額に角を生やした人形の化け物を見据えた。  「......放浪者は我々の人類居住条例第4条に違反している。すぐさま処分に移る。」  「何が居住条例だッ!化け物め!私たちは放浪者でありながら観測者ッ!お前達を観察し、記録し、いつかかならず人類がお前達から取り返してやるッ!この星を!」  処分というワードに殺された両親のことが思い浮かび、咄嗟に私は叫んでしまった。しかし、こうは言ったものの生還できる自信は全くない。後ろはおそらく超硬属物製の壁、左右にはほぼ無限に広がると言っても過言ではない程のスペース。際限なく逃げ場があるがゆえに、並の人より何十倍も身体能力の高い角人相手に対しては全くの逃げる余地はない。対角人用ライフルの銃身を背中に背負ったバックパックから引き抜き、装備の右ポケット内部の接続装置に繋げて、それを弾速エネルギー増幅装置(だんそくエネルギーぞうふくそうち)と連結してチャージして空気(エア)弾の射出までおそらくどんなに早くても5秒弱。それだけあれば角人の接近攻撃にやられてしまう。  詰み――  私のコンマ数秒の思考が完全に停止しかけた瞬間、それは起こった。  角人のさらに数十メートル後方が、一瞬だけピカリと光り、次の瞬間には角人の右半身を腕ごと大きく抉り、私の背後に大きくそびえ立つ超硬属物製の壁に大きな穴を開けてしまった。  「うそ!この壁はこの世で最も硬い物質で出来ているはず......。数多の兵器をもってしても、ほんのかすり傷しかつかない物質でできた壁面に穴をあけてしまうなんて、とても信じられないわ。」  私は先程までの角人に対する恐怖を忘れて、壁の抉られた部分を観察していた。  「な、何が起こった......。俺の、俺の体がッ!!」  右半身を抉られてしまい、急にバランスを失った角人がその場に倒れる。  「い、今のはまさか超収束重力物質(マイクロブラックホール)? これを生成できるのなんて上位の角人くらいのはずだ......。」 超収束重力物質(マイクロブラックホール)?......いや違う。これは上位角人が生成し射出する超収束重力物質とは性質こそ似ているが、まったくもって異なって見える。  「クソ...誰だッ!!」  パァンとトタン製の瓦礫を踏みつけ、暗がりの中から一人の男が姿を現した。全身薄汚れた灰白色(かいはくしょく)の、私たちが着ているような対角人用の戦闘服のようなものを身に着けた白髪の男がそこに立っていた。特に目立つのは右腕に持つ長さ30センチメートル程の特殊な形をした銃だ。  「――あんな兵器見たことない。対角人用ライフルでもなければ近代兵器でもない......。 まさか、古代文明兵器!?」  咄嗟の私の発言に、いつの間にか立ち上がっていた角人も驚く。右半身を失っているのに驚異的な生命力だ。  「馬鹿な。古代兵器は我々角人が全て保有しているはずだ......。 ――お前は何者だッ!」  ずっと無言で突っ立っていた白髪の男が角人に向き直る。 「俺は......放浪者クロード。」 クロードと名乗った白髪の男は、おもむろに右手の銃を構える。  「お前達の王はどこだ。」  「王?アイトネ様のことか?そんな事を聞いてどうする。」  「......見つけて殺すだけだ。」  その場にいた私も角人も耳を疑った。アイトネとは、角人がこの星を支配するようになってから、全域を丸々統治している上位の角人だ。その力は絶大で、この星にあった緑の大地というものをほんの1週間で焼き付くしてしまう程だ。厄災以降一の事件とされており、この星から大地が失われ、宇宙都市ルカ、上空都市マルコ、中空都市ヨハネ、そして私たちが現在旅をしている下天空都市マタイ、最下層の荒廃地 通称"ゴミ捨て場"この5つの居住区域に分かれてしまったのも、これによってゴミ捨て場となった最下層で生活出来なくなってしまったことが原因とされている。  「殺す?アイトネ様を? .....クハハハハハッ!笑わせるな。高々下等生物である人間ごときが我々の神であるアイトネ様を殺せるわけないだろう!」  角人の言葉に私は少しひっかかった。  「神?それは一体どういうこと?」  角人は、体をクロードの方へ向けたまま、背中をそらすようにして顔だけこちらへ向けた。  「お前達人間にはわかりもしないことだと思うが、アイトネ様は神だ。我々を常に導いて下さる。 人類を飼い、星を耕し、我々角人に永遠の幸福をもたらしてくれるッ!」  「――何を言っているの?星を耕す? 無茶苦茶してくれてるじゃない!! 人類を居住区域で家畜のように扱い、使えなくなったら捨てる。そして私たちのような管理出来ない放浪者は何も考えずに殺してしまうッ! あなた達は馬鹿よ。思考が浅く知性も足りない。単なる肉塊だッ!」  「好きに言っていろ。どうせお前はすぐにあの世行きだ。あの不意打ち仕掛けてきた奴を殺したあとすぐに殺してやる。」  クヒヒッと気味の悪い笑みを浮かべてアンバランスな角人はクロードと向かい合う。  「――死ねッ!」 直後、短い罵声と同時に勢いよく飛び出す角人。角人の身体能力は人のそれとは比べ物にならない。力も速度も人の何十倍も高く、素手でも平気で人1人くらいは虫ケラのように無惨に殺せてしまう。  だが、クロードは動かず先程の銃を構える。角人との距離が20メートル未満となっても撃つ素振りは見せない。15メートル...10メートル...5メートル...。完全に角人と接触すると思った刹那、先程と同じ光が角人を包んだ。そして今度はしっかりと私にも何が起こったのかを理解することが出来た。半透明な朱色の光線が角人を丸ごと包み込み、様々な瓦礫の山を抉り進んで、先程同様に超硬属物製の壁を丸々と抉り、今度はそのまま貫通して別の地下階層の処理施設が丸見えになった。  そして数秒遅れで爆発音が聞こえ、辺り一帯煙に包まれてしまった。  「うっ......倒したの......?」  角人を接触寸前ギリギリまで引きつけることで、尋常ではない角人の身体能力によって、先程の光線が躱されることを防いだのだろう。しかし頭で理解出来ても、現実でそれをやった人がいるということに納得ができない。とても人間業ではないのだ。  やがて煙が晴れ、角人の身につけていた超硬属物製の装備が所々に散らばり、完全に角人を消し飛んだことを死人できた頃には、クロードはもう私の目の前から姿を消していた。  これはほんの一瞬。僅か数分程度の邂逅(かいこう)であった。
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