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杭は熱く燃え上がり
リビング、謙也の部屋、風呂場、トイレ、全ての所を見たがどこにもいなかった。あとは、己の部屋のみ
ふう、と息を吐いて心を落ち着かせてから、ドアノブに手をかける。するとぐす、と鼻水を啜る音が聞こえて中に人が居ることが分かった。状態はよく無さそうだが人まず家にいることが分かり一安心、そのまま扉を開ける
「謙也 どうした」
彼の部屋は酷いものだった。服を全て引っ張り出しており、物は全て投げ捨てられ、姿見は割れていた
割れた際に傷付いたのだろう、手から血が滲んでおり、謙也がくるまってる彼の布団は至る所についている
「に、いさん 痛い あついよ お腹があつい、」
低気圧で古傷が傷んでフラッシュバックを起こしてるのか、と冷静に判断を下した。鞄から外出用の強い安定剤を取り出して1錠取り、こわがらせないようにゆっくり進んでいく。けして目は逸らさずそれでいて怖がらせないように最大限気を使った
ぱきり、とガラスを踏む音がする
「やだ 兄さん 来ちゃだめだよ、来ないで 来ないでってば!」
フラッシュバックを起こす謙也はいつもより幼かった。おそらく5年前は15歳だったその時より精神年齢は幼くなる
そしてそれは、甘えや寂しさ自己防衛のためにおこる症状だと論文に記されていた
文面には難しく記載されているがようは優しく抱き締めればいい
ゆっくり膝をついて謙也の側により、くるまっている布団ごと抱きしめる。謙也は、触れられた瞬間目を見開き身体を強ばらせた
そして、僅かに触れている体温さえも熱いと感じるらしく「嫌だ あつい」とうわ言のように繰り返すが落ち着くようで少しずつ身体の力が抜けていく
「謙也 お口開けられるな?」
落ち着いたところを見計らって、幼子に諭すように頭を撫でながら問いかけた。謙也はこくりと頷いて口を開ける
彼はすぐさま先程の薬を己の口に含んでそのまま口付けをした。なるべく唾液を含ませ自身の舌で喉奥まで運んでやり、飲みやすいようにしてやる
「ッん、ぁふ」
「んん、ッ!あ、にがい」
水を取りに行ってる暇がないので飲みずらいあげくに、味を直接感じてしまうのは分かっていた。胃が荒れてしまうが仕方ない、早く完全に落ち着かせるのが先決だ
謙也が嫌だと暴れだしてしまわないように、頭を撫でてやりながら口移しで薬を飲ませようと唾液を送り続け顎を上げて飲み下しやすいようにする
「んっぐッ…はっ、飲んだ」
「ん、よく頑張ったな」
唾液を送ったせいで喉がカラカラだったが、褒めてとこちらを見つめる謙也の頭をもう一度撫でると控えめにへへ、と笑ったがすぐに申し訳なさそうに眉を下げて抱きついてくる
「兄さん 部屋散らかしてごめんなさい…」
「大丈夫だ 後で片付ければいい それより遅くなってごめんな」
「んーん…あのさ、怒ってどこか行ったりしない?」
顔をあげずにぽつり、と呟いた声。これで何度目の質問だろう。彼は、何度も同じ答えを繰り返すだけだ
「どこにも行かないよ」
「ずっと一緒に居てくれる?」
「ああ、勿論」
これも何度も言った言葉だ。口に出すにつれてどんどん拘束され重くなってくる永遠を違う言葉、それでも否定することは許されずそれにも頷いた
「兄さんは俺以外に家族なんて居らないよね?俺、もういやだよ 痛いの。兄さんとずっと2人で家族でいれるよね?」
やっと顔を上げた謙也は抱きついていた腰をさらに強く抱きしめた。こんな細い腕のどこに力があるのだろうと言いたいくらい強い力で、逃がさないと身体全体で伝えてくる
「大丈夫、ずっと2人だよ、ずっと…」
彼の言葉を聞いて安堵したように優しく笑う
かつての兄と似た笑顔で。精神科医になって、彼の精神状態は確かに安定してきた
それでも、『兄』に抱く依存状態は変わることなくむしろ悪化の一途を辿っている。
謙也を救いたいと彼は確かに願い、救うことが贖罪だと自分にかした
だが、本当に彼は救われているのだろうか
あの悲惨な過去から彼らは歩みを進められてかあるのだろうか
彼はうすうす気づいている、自分たちは一生このままだと。自分は永遠に嘘をつき続けて謙也と家族として生きていかねばならないのだと
そして、兄弟ではなくなっているのだと
最初の異変はキスをねだり始めて、断ったらパニックになった、そして仕方なく唇を許した。医療行為の一環だと割り切って。そこからだった、少しずつ兄弟という枠からはみ出していったのは。今では、自分からキスをするのも躊躇すら覚えなくなってしまった
おかしいとわかっている、それでも断れないのだ 彼には断る資格が無いのだから
きっと彼らはどこへも行けない どこにも逃げられない
少しずつ時を重ねるごとに彼らだけの狭い世界へ閉じこもっていくのだろう
そして、気づいた時には兄と弟ではない別の何かになっているかもしれない
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