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22
ーー結局あの後夜祭は生徒会の勝利で終わった。まあ若い高校生相手だ。この結果はしょうがない気がする。桜井先輩は眉間に皺を寄せて拗ねていたが(拗ねる前にぜひぜひ私に謝ってほしい)。まあ結果に対しては忠野も同じ考えだったようで。
『まあ鬼丈には気の毒ですが、なんとなくわかってましたよ。猫さんも腹括っておいてくださいね。』
もう腹は括ってますよ。…楓の件は自分でどうにかしろってお告げなんだろうきっと。一日休んで今日は文化祭の片付けだった。生徒会の仕事ももうないのか楓も片付けには参加していた。
「…猫谷儚日はいるか。」
帰りのホームルームも終わり、突然教室に現れた美形に女子はもちろん男子も固まる。
「あー、ちょっと待っててください。今行きますから。」
灯は驚きを隠せていないし、遠くにいる楓も目を丸くしている。
「はーちゃん…?」
「あ、灯に説明するの忘れてた!今度また話するから、あの人は大丈夫!」
「本当に?…気をつけてね。」
心配そうに手を振って私を見送る。小走りで溶定の元へ行くと少し罰が悪そうな顔をした。
「すまない。教室には行かない方がよかったか?」
「いいや大丈夫です。次いつにするかも決めてなかったし。」
「ならいいんだが。」
そんなことを話しながら私たちは文化祭の時に案内された部屋へと向かう。ここは溶定の秘密の部屋らしい(両親がお金持ちだとこんな待遇もあるのか)。
「で、早速なんだが…」
「はいはいわかってますって。誰にも言ってないですよ。」
ーー時は文化祭まで遡る。
私が問い詰めると溶定は顔を赤らめながらも白状したのだ。
『その、実は…今好いている人がいて。…なあお願いだ、儚日しか相談する相手がいないんだ。俺の恋の指南をしてくれないか。』
溶定も、こんな顔をするのか。前世でもしなかったような顔だ。
『今まで迷惑かけてきたことも本当に申し訳ないと思っている。どの面下げてこのような申し出をしているのかも…だが、このような悩み儚日以外のやつらにはできなくて、だな。文化祭が終わったあとでいい。よかったら…
『以前のことなんて気にしてません!ぜひ先輩の恋、応援させてください!』
…!?いいのか?…ありがとう。』
私はその言葉とともに手を差し出した。食い気味の私に少し驚いていたが、はにかむような笑顔で私の手を取り握手を交わした。この契約により、私たちは互いを侵害しない同盟を組んだのだ。茗荷谷や桜井先輩には内緒で。
「いや、儚日に相談して正解だった。茗荷谷に言ってもろくなことにならないからな。」
お茶を出してホッとしている溶定、恋愛相談をされてから彼は元生徒会長の殻を脱いで接してくれるようになった。…気がする。以前接していた時のような格式の高そうな雰囲気は一切なく、一人称も私じゃなくて俺だし、いつもおじいちゃんのようなニコニコ笑顔で少し天然も入っていることに気付いた。
「儚日も飲んでくれ。この茶葉おすすめなんだ。」
「あ、はい。いただきます。」
うーん、なんだか見た目はユーリそのものなのだけど、中身が普通の青年っていうか。前世にはなかった母性本能をくすぐる何かが今の彼にはあったのだ。はっきり言ってしまえば、今の彼はゲーム内の彼自身のアイデンティティであるヤンデレ要素が全く感じられない。
「あの、溶定先輩。」
「遊里でいい。」
「遊里先輩、この前詳しく聞けなかったけどその好きな人ってどんな人なんですか?」
遊里はブブッと漫画のようにお茶を吹きだす。コントか。
「えっと、どこから話そうか。…俺、実はもう大学は推薦で決まっていてな。残りの学生生活を楽しんでいるわけなんだが、趣味を作ろうと思ってプログラミングを習い始めたんだ。」
ほうほう。そこで私はかまをかけてみる。
「で、その教えてくれてる人が好きだと?」
早とちりかと思ったが遊里の反応を見てそうではないとすぐにわかった。
「はっ!ちがっ…いや、ちがくはないんだが、その。いや…そう、そうなんだ。そのプログラミングを教えてくれている人が、多分…好きで。」
「へえ、意外なところですね。その人はそういう学校の先生とかなんですか?」
「いや、予備校の友人の姉なんだ。本当にゲームとかを作るのを仕事にしているプロ。興味があると言ったら友人が話をつけてくれてな。」
予備校の友人の姉、随分と斜め上からの刺客だ。でもそれなら話が早い。
「それなら私よりもそのお友達に協力してもらった方が早いかもですね。あんまりそういう話はしない感じなんですか?」
「いや、それがなぜかすぐにバレてしまって。でも、あいつは俺のことをバカにしかしてこないから。」
顔を赤らめながらもしゅんとしている姿はわんこみたいでなんだか可愛い。あー、私がゲーム作者だったら絶対これ一枚絵にさせるわー。全国のユーリ推しがぶっ飛ぶぞ。
「あ、でも!そいつのおかげで、今度普段の礼もかねてってことでピクニックに行くことになったんだ。その…二人で。」
え、そいつやるじゃん。陰ながら私の死亡フラグへし折ってくれるとか、
「神か…。」
「人間だ。まあ確かに俺から言うのではいつまでたっても誘えないのはわかっていた。ありがたかった、ありがたかったんだがな。あいつは唐突にとんでもないことを言い出したんだ!」
遊里がバンッと机を叩く。
「『溶定は料理が上手いからピクニックの弁当はこいつがうまいもん作ってくれるよ』と言ったんだ!」
「…何か問題でもありますかね?」
思わず出たのは、へえ遊里先輩って本当になんでも出来るんだ、という率直な感想だけだった。そりゃ恥ずかしいかもだけど、よく胃袋からつかめって言うじゃないか。
「…あいつは知っていて嘘をついたんだ。」
「はい?」
「実は、俺は料理だけは壊滅的に下手くそなんだ!!!」
漫画のキャラのように頭を抱え悩んでいる遊里。その声はキャラに合わないくらい大きい声で、それなりに響いた。
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