ミケと女将さん

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ミケと女将さん

看板猫のミケが行方不明になり二週間が過ぎようとしている。女将さんはすっかりとやる気をなくして、店を開いていてもため息をつく日が多くなった。  お客の注文を間違えるのもしょっちゅうだし、猫が店の前を通ればそちらに目がいってしまう。それでも、ミケが帰ってことはない。  すっかり気を落とした女将さんは、しばらく店を休むことにした。 「どこにいっちゃたのかしら、ミケ……」  壁に掛けたミケの絵を見つめながら、女将さんはほろりと涙を零す。ミケの行方は一向に知れず、女将さんは常連さんに描いてもらったミケの絵を眺めては一日を過ごす日が多くなった。 「ミケ……どこにいっちゃったのよ」  また、家族を失ってしまった。そんな喪失感に、女将さんは打ちのめされている。 女将さんはもともと、猫がそんなに好きじゃない。 始めはちょっとした哀れみから、ミケを助けたのだ。泥だらけの猫は猫を好きではない女将さんから見ても、十分に可哀そうな存在だった。助けてすぐに誰かに預けようとしたら、ミケはちょこんとカウンターに座って店番をするようになったのだ。  旦那さんが死んでから閑古鳥が鳴くようにがらんとしていた店内は、ミケを目当てにやってくるお客さんで次第に賑わうようになっていった。  お店の名物を作りたいと思案していた時に、マタタビ茶の缶で遊んでいたミケがヒントになったことは今でも忘れられない。  ミケはこのお店の救世主といってもいい。それだけではない、旦那さんを亡くして生きる気力を失いかけていた女将さんに、生きがいを与えてくれたのはミケだった。 「私が、八つ当たりなんてしたから……」  しっかりとお店番をやっているミケに八つ当たりするだなんてどうかしていた。そもそも、人でないミケが猫又茶を入れられるはずもないのに。 「ミケ……」  ほろりと、女将さんの頬を涙が伝う。そのときだ、店の前の目抜き通りが大声で包まれたのは。強烈な風が窓の木戸を大きく煽り、女将さんは驚いて立ちあがっていた。何事かと、外に出てみれば、道の真ん中に灰色の竜が立っているじゃないか。そして、その背には小さな猫が一匹乗っている。しかも、後ろ足で立っているのだ。 「ミケっ!」  その猫の姿を見て、女将さんは叫んでいた。 「にゃぁ!(女将さんっ)」  ミケは嬉しそうに鳴いて、女将さんにぽーんと跳びついていた。そんなミケを抱きしめ、女将さんは唖然と竜を見つめる。  西の森に竜が棲んでいると伝え聴いたことはあったけれど、まさかこの眼で見ることになるとは思いもしなかった。そんな竜が、美しい金の眼を女将さんに向けているのだ。 「ぐる……(ミケをよろしく)」  そんな女将さんに挨拶をして、竜は灰色の翼をおおきくはためかせてみせる。唖然と人々が竜を見つめる中、竜はさっそうと青い空に消えていった。 「なんなの、一体……?」  腕の中にいるミケに、女将さんは思わず訪ねてみせる。家出した猫が、竜の背に乗って戻ってくるなんて聞いたことがない。 「にゃあ!」  そんな女将さんにミケは得意げに鳴いてみせる。まるで、大丈夫だよとでも言わんばかりに。 「そうね、ミケが帰ってくれくれれば、それでいいわ」  そんなミケを顔の前に持ってきて、女将さんは笑ってみせた。ミケがいればそれでいい。そう心の底から思えたのだ。  大切な家族を優しく抱えなおして、女将さんは喫茶店へと戻っていく。  春摘の猫又茶を求めて、今日も喫茶店 猫の森は大繁盛だ。もちろんお客さんのお目当ては、マイスターたる女将さんの入れたこの国一番美味しい春摘茶。  それともう一つ―― 「ミケっ! 俺にも一杯春摘の猫又茶頼むわっ!」 「にゃー!!」  ミケの入れた、猫又茶だ。ポットに注がれた熱い猫又茶を、ティーカップに入れミケはティーソーサーを前足で押して、お客さんに猫又茶を入れてあげる。ミケが持つのは一人用の小さなティーポット。前足には、やけどをしないように女将さんが塗ってくれた手袋が嵌められている。竜の刺繍がなんとも可愛らしい灰色の手袋だ。  知恵者の竜は、今頃猫又茶の産地で、労働者の猫たちに肉球マーサ―ジを施されているのかしら。そんなことを思いながら、ミケは次のお客のカップに猫又茶を注いでいく。  猫又茶の産地で、ミケは親方猫に二足歩行の術と猫又茶の入れ方を教えてもらった。今では教えてもらった特技を駆使して、女将さんを助ける毎日だ。 「ミケ! こっちの猫又茶も頼むよっ!」  女将さんの明るい声が店内に響き渡る。にゃあとミケは喜々とした鳴き声をはっし、女将さんのもとへと駆けて行った。
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