青いサファイアと赤いルビー

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 僕と香奈子は三年生になって履修した一般教養科目の講義で出会った。  専門の実験や演習なんかの授業も本格化する中、一年生や二年生の時に一般教養科目の単位を取りこぼしていた僕は、三年生ながら、その講義の履修を余儀なくされていた。  多くの学生は一般教養科目の単位を最初の二年で揃えてしまう。だから受講生の殆どは一年生か二年生。広い講義室の多くはお互い顔なじみの後輩たちに占拠されていて、三年生は少数派だった。  同じ科目を履修している友人も居らず、僕は若者たちから距離をとって講義室の右脇の方に座っていた。  そんな講義室で、香奈子はいつも一人で座っていた。講義室の真ん中でチャイムが鳴る前からノートを開いて一人で座る香奈子の静謐な姿は、僕の目を引いた。  その講義は出席を取らない授業だったので、始まって一ヶ月ほど経つと、受講生のほとんどが来なくなってしまった。  ゴールデンウィークが明けたころにはガランと空いた講義室で、それでも一人凛として座る君の姿を見つけることが、知らない間に僕の楽しみに変わっていた。  僕は一年生のときも同じ授業をとっていて、その時には五月を過ぎると出席しなくなり、その結果、単位を落としたのだけれど、今年は違った。動機は不純だったかもしれないけれど、毎週その曜日は一般教養科目の講義楽しみに家を出た。彼女の姿を見つけるために。 「一緒にさせて貰っても良いかな?」 「――え? えぇ、よろしく」  そう言って声を掛けたのが始まりだった。  講義の中のちょっとしたグループワーク。後輩達が群れてグループを作る中、一人ぼっちで受講していた僕たちは、相手を見つけられずにいた。  だから、それが、僕にとって何よりも都合の良い切っ掛けになったのだ。  ずっと話してみたかった君に話しかける切っ掛けに。  それから二人で話すようになって、お茶をするようになって、ご飯を食べるようになって、映画を見に行くようになって、――三年生の夏に僕らは男女のお付き合いを始めることになった。  お互いに初めて出来た恋人同士というわけではなかったけど、僕達の波長はどこか重なりあって、共振しあった。有り体に言えば、二人一緒に居て、とても落ち着いたのだ。興奮に体が震える類の恋愛ではなかったけれど、確かに「君と一緒に居たい」と、――そう思える恋だった。  付き合って半年が経ち、僕たちは週末は映画を見に出かけたり、買い物に出かけたり、そんな気楽なデートを重ねていた。繁華街のデパートに立ち寄って、青いサファイアの指輪に出会ったのは、そんな日常的な週末のワンシーンだった。  何の変哲もない日常だけど、それは記憶に残るワンシーン。  君はどう思っていたのか知らないけれど、僕はその青いサファイアの指輪をいつか君に買うのだと、強く心に決めていた。
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