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第1話「SNSのあの子は……」
幼い頃から知っている。優しくて、面倒見が良くて、強くて、逞しくて、ずっと憧れだった。
憧れが恋に変わったのは、初めて試合で負けて大泣きした中学二年生の夏。涙が止まらなくて嗚咽しか出ないのに、彼は泣き止むまで黙って頭を撫で続けてくれた。泣き止んでからかけてくれた言葉は、今でも覚えている。
「葵ちゃんは強いよ。葵ちゃんなら絶対に近いうちに全国で優勝できるから。俺はずっと応援する」
潰れかかっていた心が癒され、再び闘志を燃やすきっかけとなったその言葉を、きっと、彼はもう忘れてしまっているかも知れない。
それでも彼を追いかけて、彼が通う永昭高校に入学した。勿論、空手部にも入った。
彼は受験生となり、進路に影響する大事な時期と分かっていながらも、想いは募るばかりでついに暴走を迎えてしまった。
今思えば、暴走は既に始まっていた。
全てが勘違いだったのだ。
「……ごめん、葵ちゃん」
桜の花弁が一枚、二枚。緑の芝生に落ちていく視界が、そのたった一言でグラりと揺らいだ気がした。頭を上げられない。返事をくれたのだから上げなきゃいけない。しかし羞恥心と絶望が鉛のように、頭に重くのしかかってくる。
微動だにしない葵に、高瀬優一郎は追い討ちのように語りかける。
「その、葵ちゃんの事は昔から知ってるし、良い子だとは思ってる。でも、俺は葵ちゃんとは付き合えない」
何かを言わなければ。何かを。
急にすみませんでしたとか、最初から分かってましたとか、返事が聞けて良かったですとか、あるではないか。
しかしそれを言ったら、ある疑問が迷宮入りになってしまう気がしたのだ。訊かなければ。
鉛を押し上げるように、葵は頭をゆっくりと上げてあくまで笑顔を努めた。
「分かりました……。その、はっきり言ってくれて構いません。理由だけ、教えてくれませんか?」
高瀬は思いの外笑顔の葵にホッとしながら云った。
「葵ちゃんを否定するわけじゃないんだけど、俺、女の子らしい子がタイプなんだ。例えば……花園凛子とか」
それを聞いた瞬間、脳天から雷を受けたような衝撃が全身に走った。花園凛子────今や流行に敏感な女子高生でその名を知らない者はいない。
「あ……はは……そうですよね。私みたいな、小さい頃から空手一筋の女の子なんて、女の子らしくないですよね……。分かりました。はっきり言ってくれてありがとうございました!」
涙が込み上げて来る前に、早く終わって欲しい。泣き顔なんて見られたくない。
「本当にごめん。その……部活、頑張ってね」
笑顔で高瀬の背中を見送った。校舎裏から高瀬が立ち去った瞬間、葵の両目からは大粒の涙が溢れ出た。
「……頑張れるわけ、無いじゃないですか……」
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