藁人形が結ぶ、バレンタインデーの恋

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 年末、十二月二十九日。  大掃除も終え、読みたかった本を注文しようとネットで通販サイトを開くと、ピックアップされた「おすすめ商品」が表示された。  ユーザー個々の、買い物や検索の履歴から選んでいるらしいのだが、個人的には全くそうは思えない。  毎度の様にいらない物ばかり表示され、”欲しい””丁度良かった”と思えた事が一度も無いのだ。  今回表示されたのは、インスタントラーメンに、ポータブルカーナビに……  「”呪いの藁人形”って何だよ?」  最近はこんな物まで売っているのかと、僕は唖然とした。  それに、何を根拠にこんな物が僕に売れると判断して表示してくるのだろう。人工知能が聞いてあきれる。  もしかするとランダム表示なのかも知れないが、実に不愉快だ。  目的の本を注文して、さっさとパソコンの電源を落とそうと思ったが、こんな怪しげな物を買うのは一体どんな連中なのだろうかと、どうにも気になってしまう。  検索サイトで調べてみると、藁人形は結構前から”ファンシーグッズ”として売られていて、そこそこ人気のある商品の様だ。主に十代の少女が、憎い相手を呪う為の”おまじない”に使うらしい。  製造・販売している業者も、いくつかある様だ。  十代の少女による呪いというと、いじめの報復だろうか。 「ファンシーグッズねえ…… それにしても、あんな物位、自分で作れないのかね?」  藁人形なんて、凝った造りの物ではない。その気になれば素人でもすぐ出来るだろうに。実際、制作法が書かれたサイトも幾つか見てみたが、本当に簡単だった。  では何故、そんな簡素な品が売れるのか? しかも、結構な値段がついている物が多い。  まず、思い当たるのは材料だ。藁は、都市部では意外と手に入りにくいだろう。  だが、それだけか?  ”呪いの藁人形”の商品情報を、通販サイトで改めて表示してみると、霊能者が念を込めて造った云々という事が書かれている。 「要は”素人が造った物より効きそう”という事なんだな」  きっと、怪しげな開運グッズが売れるのと同じ理屈だろう。もっともらしい箔がついていれば、買う気になる人も現れるという物だ。 「旨くやれば、ちょっとした小遣い稼ぎが出来るかも知れないな」  材料はまあ、その気になれば手に入るだろう。  後はもっともらしい箔だが……  しかし、霊能者だとか嘘八百を並べ立てても、既に既存の業者もいる訳だし、それだけでは薄いだろう。 「何かないかな…… ああ、あれなら……」  少し考えて、僕は材料に丁度いい物を思いついた。今の時期なら、どこでも売っている。  僕は早速、藁人形の材料を仕入れに車を出した。 *  *  *  僕が向かったのは、近隣にあるディスカウントショップだ。  賞味期限切れ寸前の食品、倒産による差し押さえ在庫、質流れ品、孤独死の現場で回収された遺品といった”訳あり”の品が主に扱われている。  昔の言い方なら”バッタ屋”という類いの店だ。  凄まじい激安だが、思った通りの品があるかどうかは行って見ないと解らない。  店内は年末らしく、安上がりに年越しの品を揃えようという人でごった返していた。  早速、目的の品を捜してみる。  まず、五寸釘。これはDIY用品のコーナーにあったので、多めの業務用セットを選んだ。  次に凧糸。これは玩具のコーナーと手芸用品のコーナーにあった。どちらがいいのかよく解らないが、同じ値段で長く撒いてある様なので、玩具の方にする。  そして包装用のチャック付ポリ袋。これは台所用品のコーナーだ。百枚パックの製品で、表示がキリル文字だ。もしかしてロシア製だろか。  最後に肝心な品を捜すと、店の奥にある正月用品の特設コーナーにあった。  正月用のしめ飾りだ。これをほどいて藁人形にするのである。  呪いとか黒魔術の道具というと、聖なる物や縁起物を穢して造るという様な話を、子供の頃にオカルト本で読んだ事がある。  しめ飾りをほどいて造った藁人形なら、いかにも効きそうだろうと思ったのだ。  ”訳あり事故品! 一個三十円!”と書かれ、何箱ものダンボールに詰められて並べられている。  三十円とは思えない程に豪華な造りで、普通に買えば二、三千円はしそうな代物なのに、殆どの人が見向きもしない。  まあ、一家に一つあれば良い物だし、安いからといって何個も買う様な物でもないからだろう。 「これ、一人幾つとか購入制限はありますか?」 「いえ。何個でも、どうぞお買い上げ下さい!」  近くの店員に確認したら、幾つでも買える様なので、予定通り三百個買う事にした。  ここで数が揃わなければ百均ショップも回るつもりだったが、必要なかった様だ。 「こんなにどうするんです?」 「藁細工を造る材料が欲しくて。ばらして使うんです」 「ああ、なるほど。そういう使い方もありますね」  カートに乗せてレジに持って行くと、流石にレジ係は驚いていたが、理由を話すと納得して頷いていた。  実際、嘘は言っていない。ただ、何を造るかまでを話していないだけだ。 *  *  *  家に帰り、早速、一つ試作してみた。  しめ飾りを解体してほどいた藁はよじれていた為、出来た人形も歪んだ形になってしまった。  だが、考えようによってはこの方が”呪いのアイテム”としてリアルさが増すだろうとも思える。  出来た藁人形を、五寸釘、そして外した飾りと一緒にして、チャック付ポリ袋に封入する。これで一セットだ。飾りを添えるのは、確かにしめ飾りを解体して造ったという証拠である。  売り出すのは、まとまった数が揃ってからの方が良いと思うので、正月休みの間、僕は地道に藁人形を造り続けた。  両親は赴任先の米国から帰ってこないという連絡を受けているので、他にする事も無かったのである。 *  *  *  三百体の藁人形を造り終えたのは正月休みが終わった頃だったが、一月半ばから大学の後期考査が始まる為、藁人形の販売に手を付けられたのは月末だった。  僕が選んだ販売方法は、通っている大学の近くにある、おまじないグッズ専門店への委託である。  ネットで調べたら、この店がみつかったのだ。よもや、こんな店が大学の近くにあるとは思わなかった。  ここは自作グッズの委託販売も手がけており、ネット通販も行ってくれるそうだ。  手数料も売価の二割と手頃である。  メールで連絡してみると”納入は宅配便で可だが、近在なら一度来店して欲しい”というので、納入がてら車で行ってみる事にした。  店の宣伝サイトによると、僕の通う大学とは大通りを隔てて反対側の、高校が六校ある地区にある様だ。  ここも文教地区として、大学と同じ行政区画なのだが、双方にはあまり接点がない。  うちの大学にも附属高校はあるが、地下鉄で二駅離れた別の場所にある。  ここにある高校は中の下から、下の上ランクばかりなので、大学に進学する生徒が少ないのである。生徒も、男子はチャラ男、女子はギャルといった格好が大半だ。  ただ、治安に関しては問題がない。街角のあちこちに防犯カメラがあるのと、警官の巡廻が多いからだ。九十年代位までは、いわゆるヤンキーが通りを闊歩して、喧嘩やカツアゲも多かったらしいが、今は一切そんな話を聞かない。  コンビニ、ファーストフード店、新古書店、文具店、百均ショップ、ゲームセンターといった、高校生が使いそうな店が建ち並んでいるが、平日の午前中なので人通りが乏しい。  サボリ生徒も見かけない。授業中に制服で、学校の近くをうろつく程の愚か者はいない様だ。  目的の店は、表通りを脇に入った裏通りだ。鉄筋二階建てが数件連なった、古びた店舗兼住宅の一角で、やや日当たりが悪く薄暗い。  店の前に、二台分の駐車スペースがあるので、そこに車を入れる。  日本の店には珍しく、入り口は木製のドアになっていた。  ”OPEN”の札がかかっているので、開けて入ってみるが、灯りはついている物の中には誰もいない。  照明は蛍光灯でもLEDでもなく、レトロな白熱電球だ。これも雰囲気造りの内だろうか。  店内を見渡すと、ロウソク、呪符、水晶球、タロットカードといった”おまじない用品”が並んでいた。  中には、妙にリアルな頭蓋骨の模造品とか、瓶詰めの蛇といった、いかにもな品もある。  五分程の間、店内を見て回ったが、店員は出てこないままだ。 「ごめん下さい。メールした、委託販売希望の者ですがー」  少し大きな声で呼びかけると、数秒の間をおいてドンドンと階段を駆け下りるらしき足音が聞こえ、店の奥のドアが開いた。 「はーい、すみませんー」  出て来たのは、ロングの白髪に丸い黒レンズのサングラスをかけ、黒ずくめのフランス人形の様なフリルだらけの服を着た、小柄で青白い女性である。  顔立ちと肌の色からすると、白人の様だが、この付近では留学生が急速に増えているので特に珍しくはない。  年齢は二十代半ば位か。  いかにもオカルトかぶれの中二病スタイルに、僕は思わず”怪しさ”を感じてしまった。 「え、ええと、メールを差し上げた者ですが……」 「あ、これはその、雰囲気を出す為のコスプレというか…… お、お客さんには受けるんですけど……」  異様な風体に思わず退いてしまった僕に、店員は消え入りそうな声で釈明してきた。 「いえ。お店の内容には合っていると思います……」  仕事着という事で、僕はとりあえず納得した。 「早速ですけど、お品を見せて頂けませんか?」 「あ、どうぞ」  僕は手に持っていたサンプルを、店員に手渡した。 「じゃ、失礼して」  店員はサングラスを外し、サンプルをポリ袋がら取り出して手に取ると、顔を近づけて熱心に見入り始めた。  鮮紅の瞳…… アルビノか。サングラスはファッションというより、紫外線対策と好奇の目を避ける為なのだろう。 「何か?」 「い、いえ。サングラス、アルビノだったからですね。失礼しました」  声を掛けられ、僕は思わず店員の顔を凝視していた事に気付き、慌てて視線をそらした。 「ああ、よく言われるんですよ。病気とかではないですから大丈夫です」  僕の謝罪に、店員は全く気にしていない様子だった。きっと、言われ慣れているのだろう。 「藁人形ですけど、どうでしょう」  藁人形の評価を尋ねた僕を、店員はまっすぐ向き直って見据えた。  真剣で、熱のこもったまなざしだ。 「これは…… ご自作という事ですけど、こういう物を以前から手がけられていたのですか?」 「いえ。藁人形が売れていると知った物で、思いつきで造ったんですよ」  形もいびつだし、素人の作品ではやはり売り物にならないのだろうか。 「素晴らしい! とても素人の作とは思えない!」  彼女の口から出たのは、思いがけない絶賛の声だった。 「メールでご説明した通り、お正月のしめ飾りをほどいて造ったんです。縁起物を使って呪いの道具を造れば受けるかな、と考えたんですよ」 「ああ、そういうアイデアも悪くないですけど。もっとこう…… すごく効きそうですよ、これは!」  彼女は相当、この藁人形が気に入ったらしい。ねじれている造形がいいのだろうか。 「ところで、値段ですけど幾ら位にしましょう? サイトで見たら、二、三千円位かなとは思うんですけど」 「とんでもない。これなら、五千円、いえ、一万円いけます!」 「あまり高くしても、難しいんじゃないですか?」  急に推しが強くなった店員に、僕は訝しんでしまう。  玄人だからこその高い評価かも知れないが、買うのは好事家というより一般人だろう。 「そうですねえ…… じゃあ、先着五十個を”バレンタインデー限定お試し特価”という事にして、三千円位にしてみましょうか。後は、効果が出れば評判が広がっていくと思いますから、そこでつり上げましょう!」 「バレンタインですか。そういう季節ですけど、呪いと関係あるんですか?」  バレンタインデーという、呪いに似つかわしくない言葉を聞いて、僕は首を傾げた。  女性が愛の告白をする日と、何の関連があるのだろう。 「解りませんか? 憎い恋敵を呪うって事で、結構、女の子はこの時期、こういう物を買うんですよ」 「成る程……」  理由を聞かされると、妙に納得出来た。恋愛は基本的に一対一だ。競う相手を”どうにかしたい”という気持ちも解る。  要は、この手のアイテムにとっては売り時という事の様だ。  売れ残っても困るが、五十個の三千円さえさばければ、十五万円。二割の手数料を引いても十二万円で充分に儲かっている。 「では、その条件で行きましょう」 「一応、身元確認で身分証を御願いします」 「解りました…… あ、ない」  僕は運転免許証を出そうとしたが、忘れてきた事に気がついた。  免許不携帯だ。帰る時、警官に見つからないといいが。  とりあえず、代わりに財布から学生証を出した。 「これでいいですか?」 「はい。あ、同じ大学ですね。私、商学部の院生なんです」  うちの大学の学生だった様だ。この辺りで日本語の流暢な若い外国人と言ったら、その率が高い。 「じゃ、先輩ですか。僕は経営学の学部生です。お国は何処ですか?」 「ええ。私はルーマニアから来ています。日本って留学生の誘致に熱心で、奨学金も気前よくて」  うちの大学は、主に東欧や南欧から、学士入学での編入や修士課程での留学受け入れに熱心である。ルーマニアも対象国の一つだ。  要は、初等・中等教育が完備していて、かつ経済状態が低調な国をターゲットに定住化を狙う、日本の政策に沿った方針という事である。 「ここはバイトですか?」 「バイトというか、実地研修を兼ねていますね。学生にお店を任せて、収益を生活費の足しにするという一石二鳥の企画なんです」 「面白いですね」 「何でも、学長が昔のTVゲームを参考にしたそうです。アトリエがどうとかいう」 「ああ、今でもシリーズは続いてるみたいですよ。やった事はないですが」  彼女が言っているのは、錬金術師を養成する学校の生徒が、学校に与えられた店舗で自活しながら学ぶという、人気のファンタジーゲームだ。  うちの大学は、妙なところから企画のタネを拾ってくる事でも有名である。  そも、留学生が急増したのは”ウナギの代わりにウサギを普及させよう”というふざけた駄洒落を元に学生企業した、伝説の馬鹿ップルの片割れがポルトガル人だった事に由来するという。  それは今や財界が注目するベンチャー企業で、当事者二人は大学どころか国レベルの有名人だ。 「店長とか、他の人っていないんですか?」 「一人で切り盛りしてます。一応、黒字ですけど、そんなに人手はいりませんから。それに、ここは他の学生が気味悪がって」 「そりゃ、オカルトグッズですからねえ……」  そもそも何で、大学の店でそんな物を扱っているのだろうか? 「この建物の前の持ち主が、お店の経営不振で、ここで一家心中したんです」 「ええっ!」  何か、いきなり凄い事を聞いてしまった。 「それで、大学が安く買い取って、実地研修用のお店にしたんですが…… 誰も希望者がいなくて、家賃はいらないからというので、私が手を挙げたんです」 「それじゃ、気味悪がられているのは、オカルトグッズを売ってるからではなくて……」 「商品は私の趣味です。東欧は物価が安いですから、研修の一環で、あちらから輸入しています」 「は、はい」  きっぱりと言い切る店員、いや、先輩に、僕は”妙な人に関わってしまった”と思い始めた…… *  *  *  十日後。  バレンタインデーを待たずして藁人形が完売したという連絡を受け、僕は再び店を訪れた。この日は定休日だが、先輩は店にいるそうだ。 「あ、いらっしゃいー」 「どうもー」  売り上げ好調で、先輩は上機嫌である。 「はい、手数料を差し引いた売り上げです。ご確認下さい」 「では、失礼して…… うおう!」  一万円の札束が二つに、バラの札が十二枚。 「しめて、二百十二万円です」  お試し価格の五十個は三千円として、残りは一万円で売ったのか。  それで全部売れるとは、全くボロい。 「儲かりましたね……」 「言ったでしょう、製品がいいんですよ! あれで一万円なら激安ですよ!」  先輩は自信満々に胸をはった。 「それでですね。急いで追加納入を御願いしたいんです。バレンタイン当日まで、呪いのグッズは特にかき入れ時ですから」 「ご自分では造らないのですか? 造り方は解ると思いますけど」  所詮、僕にとっては思いつきの小遣い稼ぎだ。  以後の制作は、国元を離れて生活している先輩に譲ってもいい。 「残念ですけど、こういう物に効能を持たせるのって、天賦の才能がないと駄目なんですよ」 「そういう物ですか?」 「ええ。貴方、藁人形を造る為に生まれてきたというか、藁人形の申し子ですよ!」  何気に凄い事を言う。  僕にオカルト方面の才能があるかどうかはともかく、藁人形の申し子とは……  自称悪魔の、国民的ヘヴィメタルバンドの歌詞にでも出て来そうなフレーズだ。  まあ、儲かる話なので断る手はない。 「解りました。じゃ、急いで追加で造りましょう」 「材料も効能を左右しますから…… 買うのについて行っていいですか?」 「じゃ、一緒に行きましょうか」  流石に、この時期にしめ飾りは手に入らないだろうが、あの店なら、何か代用品があるかも知れない。  その辺りは、先輩に見定めてもらえばいいだろう。  僕は、乗ってきた車に先輩を同乗させ、ディスカウントショップへと向かった。 *  *  * 「わあ、色々な物が安いですねー」  ディスカウントショップの中に入ると、先輩は当初の目的を忘れ、ハイテンションではしゃいでいる。 「大きなTVに冷蔵庫ー、PS4にタブレットー。欲しい物が劇安!」  激安の理由は話したのだが、全く気にしていない様だ。流石、一家心中のあった店を気にしていないだけの事はある。 「先輩、先輩。後にしましょう。まずは目的の物を」  僕がつついて促すと、先輩は正気を取り戻したので、僕達は材料を見て回る事にした。  まず、五寸釘だが、これは僕が最初に買った物と同じ銘柄があった。 「釘は、これが最適と思います」 「何というか、因縁がこびりついていい感じですねー」  霊感の類いか、中二病から出た妄言か。  とりあえず釘のセットを手に取ると、「**刑務所で、刑務作業として造りました」とう表記が小さく書いてあるのに気がついた。  成る程、こういう物だから安く売っている訳だ。  囚人の苦しみがこもっている…… のだろうか。  ポリ袋は、例のキリル文字表記の物しかないので一択だ。 「これもいい物です。ロシアの刑務所で造ってますね」  先輩はロシア語が読めるらしい。やはりこれも刑務所製か…… 釘もきっと、霊感とかじゃなくて表記を読んだのだろう。  凧糸はお気に召す物がなかった様なので、とりあえず前回と同じ物にした。  肝心のしめ飾りだが、やはり二月になると売っていない。  どうした物かと店内を捜すと、園芸用品のコーナーに、袋に詰められた稲藁が売っていた。銘柄は幾つかある。 「先輩。これ、使えます?」 「うーん……」  先輩は、一銘柄づつ手をかざして検分していた。端からみれば、いかにも中二病である。 「これにしましょう。藁が一番肝心ですから、これは買えるだけ買って下さい」  僕は、先輩が選んだ稲藁の店頭在庫全てをカートに載せ、他の品と共にレジへと持って行った。 *  *  *  先輩を店へと送り届けた後、僕は早速、追加の藁人形造りに取りかかった。  しめ飾りをほどいた物と違い、園芸用の藁はよじれていない分造りやすいが、出来た物はいかにも平凡だ。何というか、禍々しさがない。  十体造った処で、僕はある事が気になった。  釘については、先輩は恐らく表示を読んで選んだのだろう。ならば、藁はどういう基準で選んだというのか。これは別に、刑務所の製品ではない。  藁の袋に印刷されていた業者名を、ネットで検索してみた。  出て来たのは、その業者が年末に倒産し、経営者一家が倉庫で心中したという報道だった。 「これ、倒産業者からの差し押さえ品だったのか。先輩、知ってたのかな……」  そうなると、最初の材料に使ったしめ飾りの出所も気になる。  買った時は事故品という表示だったが、これについては先輩は出所を知らない筈だ。  それらしい報道を調べて見ると、去年の十二月半ば頃、正月用品を運んでいたトラックが横転し、運転手と、巻き込まれた通行人の二人が死亡したという、県警サイトの事故情報が見つかった。 「これ、かな……」  流石に薄気味悪くなったが、それでも先輩に霊感の類があるとは思えなかった。  あのディスカントショップは”訳あり品”をメインに扱うのだから、こういう偶然もあるだろう。  先輩にあるのはあくまで中二病と、オカルト商品に関する商才だろう。  それから毎日の様に、僕は出来た分の藁人形を先輩の店に持って行った。  品はあるだけ売れるという状況で、行く度に先輩は、もっと造れとせかし立ててきた。  そして、バレンタインデー当日の閉店後。  店の二階にある先輩の居室で、僕達は祝杯を挙げていた。  初めて通してもらったが、簡素に片付いた、簡易キッチンが併設された普通の部屋だ。  テーブルにノートPC、ちょっとした書棚に食器棚、小型のTVがある位だ。  書棚の本は、商学関係の資料ばかりで、オカルトのオの字もない。  あえて言えば、女性の部屋にしては簡素に過ぎるかも知れないが。 「あれから、追加で二百体売れましたー!」 「おめでとうございます!」  先輩はウイスキーが好きらしく、二人のグラスの中身は、バランタイン三十年のオンザロック。つまみは、モロゾフのチョコレートだ。  ちなみに、どちらも正規品をネット通販で買った物との事である。  バブル時代じゃあるまいし、学生の癖に生意気だと思われるかも知れないが、大商いの締めなので、たまにはこういうのもいい。 「で、これからなんですけど。藁人形、ネット通販でも売ったんですけど、結構な著名な方とかからも引き合いがあったんですよ」 「へえ……」 「で、商品供給さえして頂ければ、本格的に売り出していこうかと」 「……先輩のお話だと、効き目がある藁人形を造るには、特殊な才能がいるんですよね?」 「ええ。ですから、無理ない範囲でいいですよ。相応の値段をつけますし」 「相応?」 「一体…… そうですね、五百万円位ですね。ほら、一殺五百両っていうじゃないですか」  乳母車を押して流浪する刺客が主人公の時代劇なんて、外国人なのによく知っている…… 「そんな値段で売れますか?」 「大丈夫ですよ。今回のセールは、効果の実験だったんですけど、うまく行きました。これがお客様の反響です」  先輩はノートPCを開き、画面を僕に示した。 「あいつはくたばりました。有り難う!」 「あの女がおっ死んでいい気味だあ!」 「邪魔者が片付いて、これで**君をゲット!」  何というか、女子中高生らしいというか…… 物騒な商品感想メールが、総計で二百件程、寄せられていた。 「で、報道で裏付けが取れたのがこれです」  先輩は画面を切り替え、ニュースサイトを映した。 ”女子中学生、体育授業中に心臓麻痺で死亡” ”フリーター女性、酔って歩道橋から転落死” ”女子高生、自宅にて焼死”  その数は九十五件。地域は全国各地にまたがっている。 「死因はバラバラですけど、全て顧客が呪殺した対象で、ネットで報告して頂けた分の裏付けです。病死とかは報道されませんから、全ての件を追跡は難しいですけどね」 「この店で売ったなら、色々と不味くないですか?」  万が一、ここで売った物が原因で被害者が出れば、報復を受けるかも知れない。  そんな物を堂々と売る程、先輩も愚かではないだろう。 「大丈夫ですよ。普段の通販とは違う裏サイトを使って、お店での直販はしてませんから。うちのお店が出所とは解らない様にしています」 「まさか、本当に……」  ここに来てようやく、僕は事の重大さに気付いた。  呪いなんて迷信と思っていたが、ここまで突きつけられると信じる他ない。  僕は、思いつきの小遣い稼ぎで、殺人の片棒を担いでしまったのだ…… 「僕はもう、おります!」  僕は部屋を出て行こうと、席を立とうとした。  だが、脚に力が入らない。 「悪いけど、後戻りは出来ないの」 「何か、入れましたね……」  先輩は僕に顔を近づけ、唇を押し当て、口に舌をねじ込んでくる。  僕の意識は、そこで途切れた。 *  *  *  目が覚めると、ベッドの上で素裸だった。  昨日の部屋ではないので、寝室が別にあった様だ。  シーツに、生臭いシミがある事に気がついた。  つまり、僕と先輩は”そういう事”になってしまったらしい。  うちの大学の女子留学生は肉食系が多いので有名だが、一服盛るのは犯罪だろう…… 「お目覚め?」  ドアが開き、ネグリジェ姿の先輩が姿を現した。  僕はにらみ付けたが、全く意に介していない。 「先輩…… 本当に、霊能力者とか、魔女みたいなものだったんですか……」 「ええ。ちょっと強引だったけど、貴方みたいな稀な才能は手放したくないの」 「人殺しの手伝いなんて……」 「大丈夫、日本では呪いは”不能犯”といって罪に問われないから」  呪いは効果が無い殺害手段とされ、公然と行ったとしても罪に問われる事が無いという。  例え本当に相手が死んだとしても、偶然として片付けられるというのは、どこかで聞いた事がある。 「そういう問題じゃないでしょう! 科学的に証明出来なくても、効く事は解ってるんですから!」 「私から離れたら、貴方、死ぬわよ?」  拒否する僕に、先輩は警告する。彼女には、僕を簡単に始末する手段があるのだ。 「……藁人形を使うんですか……」  僕の言葉に、彼女は残念そうに首を横に振った。 「多分それは、造った本人の貴方には効かない。でも、他の方法は一杯知ってるから。私、魔女だもの」 「なら、何で藁人形なんてわざわざ……」  先輩は、自分の口からはっきりと”魔女”と言った。中世の伝承にある様な、悪魔に魂を売って魔力を得た女という事だろうか。  しかしそれなら尚更、僕なんて不要ではないのか。 「私が知ってる呪い方は、どれも手が込んでるから。一件づつ依頼を受けて呪殺するより、素人が簡単に使える藁人形の方が、お金儲けには効率がいいのよ」  先輩はこれまでも、依頼を受けて人を呪い殺す仕事をしていた様だ。それを営利目的として、きっぱりと割り切っている。 「僕に、どうしろと……」 「とりあえず、それにサインして。印鑑は後でいいから」  先輩は、机の上を指さした。何かの書類らしき紙と、ボールペンが置かれている。  こういう状況でサインというと、あれが定番だ。 「悪魔の契約書、ですか?」 「何それ、傑作! 貴方、中二病?」  僕の言葉に先輩は腹を抱えて笑い出した。  ……この状況で、この人にだけは言われたくない。 「まさか、そんな物じゃないわよ。”男として責任を取りなさい”と言ってるの」  卓上に置かれた紙を良く見ると”婚姻届”と書かれている。  先輩の欄は既に埋まっていた。 「貴方と私が組めば、大金持ち間違いなしよ。罪にもならないし、迷う事はないわよね?」  ご満悦そうに微笑みながら、魔女は忠誠の証を催促する。  僕はためらいながらも、婚姻届の傍らに置かれているボールペンを手に取った。
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