ヒトキライ

4/10
前へ
/10ページ
次へ
 「あの女、お経唱えるって怪しい宗教にはまってんじゃないの?」  河野は顔をしかめて耳を塞いだ。扉越しに唱えられたお経は、ビルの住人にとってはとんでもない雑音のようで、日崎に景山も耳を塞ぎ始める。  「悪霊のちからを制御していますが、何時まで制御できるか分かりません。今のうちに部屋の悪霊を除霊しましょう!」  女は強引に部屋のドアを開けた。  「この圧迫感。やはりただ者ではありません。一家惨殺事件のあったこの一室、今でも被害者たちの生きたいという強い気持ち、それから加害者に対する強い恨みつらみがこびりついています」  部屋の中に入って来ると、女は雑居ビルで起こった事件を語り始める。 かつてここに棲んでいた一家の父親は重度のアルコール依存性で、ギャンブル依存性だった。家族に家庭内暴力をふるうこともしょっちゅうで、妻は生傷が絶えなかった。近所に相談も出来ず、妻は宗教をこころのよりどころにするしかなかった。 宗教の教祖に家族には悪霊がついているから除霊した方が良いとアドバイスされ、除霊を行うことになるが、それが気に入らない夫はしびれを切らして、妻と子供を包丁で刺し殺し、止めに入った近所の住人も殺した。 十七歳の女子高生や、三十九歳のサラリーマン、三十五歳の主婦などが犠牲になったという。  「ここに棲むひと、あなたの名前を教えて下さい」  女はあ行からわ行の文字が書かれたボードと、十円玉を取り出した。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加