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そして、七月になったばかりの今。
壮一とリョウタは木立の中に並んで、悲嘆に沈むミツミの両親を、焼き場の片隅から見つめている。
「そういえば俺、リョウタと会うの久しぶりだよな」
「そうだっけか?」
「確かちょうど、田村保奈美が殺された次の日から会ってないよ。一週間くらい」
「まあ、遊ぶ気にもなれなかったしよ」
「リョウタって、今も彼女いないんだっけ。ずっとそう言ってたよな」
「何だよ、いきなり。そうだよ、悪かったな童貞で」
「案外、警察が総力を挙げて身辺を洗ったら、隠してた彼女が見つかったりしないのか? とっくに童貞じゃなかったりして」
何言ってんだよ、と苦笑したリョウタの体が緊張した。
壮一は笑っていない。
「リョウタ。俺、ミツミから聞いてたんだ。あの、田村保奈美が殺された夜のこと。ミツミは寝付けなくて、曇りガラスの窓を開けて外を向いてたんだってな」
「……へえ」
「よく、目が見えないと他の感覚が鋭敏になるっていうけど、ミツミの場合はそんなに極端なものじゃないみたいだ。夏の夜ってこういう田舎だと、虫とかの声でけっこう夜はやかましいよな。それであの湿った土の上を、抜き足差し足で歩けば、まあ気づくもんじゃないと。多少違和感を覚えたところで、騒ぎ立てるってのも、なんだしな。でも、あの裏庭を通った人間がいたら、そいつの方は間違いなくミツミには気づいただろうな。犯行現場までは、かなり周囲に注意を払いながら行くだろうしな」
リョウタは、相槌にもならないうなずきを返そうとした。
壮一は、それを待たずに続ける。
「つまり、犯人はミツミを認識したが、全盲のミツミは犯人を認識できなかった。でもそれで、どうして犯人は慌てて逃げなかっただんろうな。だって傍目には、ミツミはただの女子高生だぜ。視力がないなんて分かるわけないだろ」
「いや、壮一。それ想像だろ。犯人が裏庭を歩いたとは限らな――」
「もう侵入経路は警察が突き止めてて、間違いないんだよ。これもミツミから聞かされた。犯人はミツミの家の庭から入って、あの裏庭を通って田村保奈美のの家まで行った。足跡は残さないよう工夫されてたみたいだが、よほど事前に、あの家の裏庭の土や下生えの様子を確認できた犯人なんだろ。その上で、ミツミは目が見えないから相対しても犯行には問題ないと判断できる奴って、何者なんだろうな」
「壮一」
「田村保奈美は庭先に出ていた。これも警察からだけど、恐らく、親しい人間との逢引きだったんだろうとよ。最近、高校生の彼氏ができたって言ってたってな。そいつとの間に何があったのか、俺が知ったことじゃない。赤の他人だからな。――他人ならな」
リョウタは既に、顔色を失っていた。だが、わずかに残った気勢を吐き出して、告げる。
「壮一……お前が何言いたいかは、分かった。けどな、それが俺だって証拠はあるのか? ミツミさんが全盲だって知ってる人間なんて、近所にいくらでもいるだろ? もっと言えばな、お前だって――」
壮一は、ペット専用の火葬場を指さした。
「源次郎は、吠えた後に首を掻き切られて、玄関に捨てられてた。なんで殺されたんだろうな? あんな騒ぐ犬を殺すのってだいぶリスキーじゃないか? 実際、ミツミはその直後に両親と一緒に玄関を出て、源次郎の死体を見つけてる」
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