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リョウタは息を呑む。
壮一が続けた。
「なあ、ミツミの家族の誰も、田村保奈美の殺された夜、犯人の侵入に気づかなかった。源次郎が吠えなかったからだ。むしろ、吠えられていたら、ミツミに見つかるかどうか以前に犯行を断念しただろうけどな、そうはならなかった。それができたのは誰だ? ミツミの家族、それに俺、そして――何週間にも渡って俺と放課後一緒に過ごして、俺の匂いをたっぷりと体にまとわせた誰かさんも、可能性があるんじゃないのか。学校帰りはいつも同じ制服でうちに来るから、匂いも定着しやすいかもな」
リョウタが、はっきりと鼻じらんで言い返す。
「いや、待てよ。だから可能性だろ? 壮一の匂いがする別人に、そりゃ源次郎は吠えなかったかもしれんが、吠えたかもしれねえだろ?」
「そうだな。だから、犯人は源次郎を殺した。それで、犯行当日の再現実験はできなくなる」
「だから待てって。お前が言ったじゃねえか、源次郎が殺された夜はめちゃくちゃ吠えたんだろ? なら田村保奈美殺しの犯人と源次郎殺しの犯人は別だろう。たまたま時期が近かっただけで」
「一週間も会わなけりゃ、俺の匂いは犯人から失せただろう。だから吠えられた。それに、源次郎殺しの方は、露見して捕まっても犯人には好都合な部分もあった。何せ、源次郎に吠えられる人間ってことは、田村保奈美殺しの容疑者からはひとまず外れることになるからな」
壮一の視線は、先ほどから変わらずに鋭い。
それとは対照的に、リョウタの体からはまるで力が抜け去ってしまっていた。
「この一週間、警察に睨まれもしてないってのは本当に凄いと思うぜ。単純に見えて、かなり用心深くやり遂げたんだな。けど、俺が今の話を警察にして、それでも平気か? 目星をつけられた上で、逃げおおせる自信はあるのか?」
「お前……すげえ自信だな。よくそんなに、状況証拠だけで人を犯人扱いできるな」
「俺の思い付きじゃない。ほとんどはな――……ミツミの考えだ。だから俺も、納得いくまで追及させてもらった」
その少女の名前が出た時、リョウタの体から、最後の抵抗力が失せた。
肩を落とし、うつむきながら、小さな声がこぼれる。
「……ミツミさんは?」
「あの部屋にいるよ。俺と、お前を待ってる」
「俺を?」
「ああ。『リョウタさんは、悪い人だとは思えない。そんな人がいけないことをしたのなら、伝えなくちゃならないことがある』ってよ。両親には塞いだ振りをして部屋にこもって、愛犬の葬儀にも出ずに、な」
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