10人が本棚に入れています
本棚に追加
どうやったらそんなに人を信用できるのか。殺人者が、悪い人だとは思えない? 良心の呵責? 直接の友達の俺はともかく、犬まで殺されたミツミがそんなことまで? ――……と、壮一は己の恋人に半ばあきれた。
「そんな……ミツミさんが、そんな……俺は……人を、そのために、君の目のことを利用して……それに、君の犬を……俺は」
前に歩み出ていたせいで、壮一のすぐ眼前にリョウタの顔がある。その双眸にみるみる涙がたまり、溢れだした。
「リョウタ。お前は、お前に関わった人間全員を傷つけた。普通なら考えないはずのことを考えて、本当ならやらないはずのことをやった。だからこそ話しておけよ、あの田村保奈美とお前に、一体何があったのか」
「そんなの、お前らが聞いてどうするんだよ……源次郎を殺した、その原因なんて……あの犬には、何の関係もねえのに……」
リョウタはがくりと膝をつく。
壮一は、かがみ込みもせずに答えた。
「いいから話しとけ。これからお前の話が、莫迦みたいに世の中に広げまくられて、そのくせ、誰も聞いてくれなくなる前にだ」
リョウタの嗚咽は、号泣に変わった。
――本当に、自分の犯罪のせいで、限界に来ていたんだな、こいつは。
――悪くない人間がいけないことをしたら、その後に何をするか、か。
――そいつも、周りの連中も、俺たちも――な。
壮一は胸中で独りごちながら、リョウタを傍らの椅子まで支えて歩く。
部屋の外は、茜色に近づきかけていた。
遠からず、ミツミの両親も戻るだろう。
西日すらささない部屋の中は、まるで隠れ家のように、遠からぬ別れから彼らを守るように、静かだった。
光の刺激が辛いと言った、幼い頃のミツミのために用意された、北向きの部屋。
今では日当たりがよかろうと悪かろうと変わらないからと、その中で身を湛えて生きている少女。
視力を失った彼女が、この時は、他の誰にも見えなかったものを見ていた。
壮一は小さく嘆息する。
壮一は、ミツミと共に、手近な椅子に座った。
リョウタが震える唇を開いて話し出す。
ひんやりとした空気の中、三人分の体温が、ほんの少しだけ三人を温めていた。
終
最初のコメントを投稿しよう!