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 足が重い。肩も凝ってしまうので、さっきから首の付け根を手で揉み解してばかりである。リュックサックに入れた2ℓのペットボトルを取り出し、中に入っているスポーツ飲料を、喉を鳴らしながら飲んだ。リュックサックに戻すと、少しばかり、重さが減った気がした。次に登る時は、飲み物の量を減らすべきだろうか。次の機会があるかは分からないが‥。 『ペース配分を考えて定期的に飲むようにしなきゃ駄目だろう』  いや、飲み物を積極的に飲まなければ、脱水症状を起こしかねない。小さい頃より、口数少ない父から、口を酸っぱくして言われたことだ。 「分かっているよ、お父さん」  独り言ち、カーボン製のトレッキングポールを握りしめて、また一歩ずつ歩み出した。  明後日には全身を筋肉痛が襲うだろう。齢30を過ぎた身体を酷使すると、1日置いて痛みや張りが、まるでボディーブローのようにじっくりと襲ってくる。しかし、やはり幼い頃と比べて、体力自体は比較にならないくらいついている。いったん道の脇にそれ、深呼吸を2度、3度と行う。マッチポンプのように肺に酸素を送り込む。8合目を過ぎたあたりからは、空気が着実に薄くなってくる。だが、適度な間隔で、呼吸を確かめながら休み休み行けば座り込むことは無い。10歳の頃に富士山に登った際に、8合目あたりまで来た時には、10歩毎に座り込んでいた。 『早くしないと、山小屋が閉まっちまうぞ』  父は、私より数メートル先を行き、決して手を貸すことはしなかった。私が座り込むたび、そこから動かず、励ましの言葉も特になく、宿泊施設の予約時間に間に合うかを気にしていた様子を覚えている。勝手なものだが、置いて行かれなかったということは、自分のことは少しは気にしてくれていたようだ。また道の脇に止まり、今度は、後ろを振り返ってみた。  岩と砂利が多い小道を、色取り取りのジャケットが荷を運ぶ蟻のように行進をしている。その奥に広がる深い青と白のコントラスト。薄く見える山々は青く染まって、波のようである。雲は、海となった空の世界に列島のようになって、鎮座している。10歳の頃は、景色を楽しむ余裕もなく、後ろを振り向くことはなかった。父は、私を待っていながら、この雄大な景色を楽しんでいたのだろうか。
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