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地球の裏側より愛を込めて
ピロン。
スマホがマヌケな音を立てて光ったのは、深夜3時を過ぎた頃だった。
眠りの浅いタイミングだったのか、その僅かな音で私は目を覚ましてしまった。
こんな夜中に端末の光なんて浴びたら眠れなくなってしまう。分かっていても手は充電ケーブルに繋いでベッドサイドに置いていたそれを見つけ出し、受信マークのついたアプリを開く。
相手の名前はずいぶん前に絵文字に変えた。名前を見るだけでイライラするから。条件反射のように呼び起こされる感情をちょっとでも抑えたくて。でも、今度は設定した絵文字を見るたびに同じ感情が湧くようになってしまった。
開いた画面には何枚かの写真。メッセージは無い。
赤や青や黄色の壁に彩られた街並。
パブでビール瓶片手に今にも踊り出しそうなほど快活に笑う小麦色の肌の人々。
真白い教会の向こうに見える青空。
活気に満ち、暑さすら感じられそうな景色が切り取られている写真を、静寂と暗闇が支配する室内で見つめる。少し離れた大通りをトラックが走っていく音が微かに聴こえた。
数日前、くだらない内容でケンカしたままだった恋人は、いつの間にか地球の裏側に旅に出ていたらしい。
ふらりと出かける癖を今更咎める気はないけど、ずいぶん急な旅だとは思う。
眺めている間に、また数枚の写真が送られてくる。
壁の落書き。
市場に並ぶ見た事も無い野菜。
チェロを弾く路上のミュージシャン。
燦々と降り注ぐ太陽の下、レンガ作りの街を歩く彼を思い浮かべた。時折、行き交う人と会話をしながら、目に留まった興味深いものを写真に撮っては鼻歌まじりに地球の裏側にいる私に送りつける。
そういうところが嫌いだ。いつでも私をひとりにするくせに、どこに行ったって忘れてくれない彼も、いつ送られてきても気付けるように、スマホの設定を変えられない私も。
行った事も無い国の写真が、私のスマホには大量に保存されている。
枕に顔を埋めて「いま何時だと思ってんだバーカ!」と叫んだ。太陽の匂いに満ちた街には響かなくても、きっとその街を歩く彼には届くだろう。
地球の裏側からの拗じくれた愛情は茶化すように続いている。
憎たらしい彼の気配が、一瞬だけ私を包んだように感じた。
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