花と熊さん

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あの小さな女の子は今日も花を摘みに来るのだろうか。僕はワクワクして大きな森の中に密集している木々の間を4つ足で歩いた。茶色い毛は木の幹と同化して僕の存在を消すようにしてくれているが、何せ僕は熊である。見付かったら怖がられて逃げられるに違いない。僕は森の奥にある赤い花が咲いている崖のほとりで女の子が来るのを待った。崖のほとりにの手前には草むらがあって僕はその中に上手く隠れる。 チュンチュンチュンチュン 小鳥さん達が僕の恋を応援してくれているように囀って跳び回る。人間を好きになったなんてママに知れたら怒られると思うが、僕は毎日女の子が森に来るのを心待ちにしている。 ガサガサ、ガサガサ 草をかき分ける音が獣道から聞こえてくる。今日も夜が明けて朝もやが消える頃、女の子は白いTシャツにデニムを着て森の妖精達に挨拶しながらやって来た。妖精達は半透明の羽を羽ばたかせて楽しそうに木から木へ跳び回る。 いらっしゃい、いらっしゃい。 「妖精さん、今日も天気がいいのね。綺麗な赤い花がたくさん咲いている所へ案内してくれない?それを摘んでいくとね、病気のママが喜ぶの」 僕は心臓がドクンと鳴った。病気のママがいるんだ。こんなに無邪気な顔の後ろには苦労があるのかな。 妖精が首を傾げて女の子の鼻の前で羽ばたく。 「貴女のママは何の病気なの?」 「がんって言ってた。髪が無くなる病気なの」 ああ、抗がん剤治療をしているのか。この子のママならきっと若いだろうに。僕は崖のほとりで肩を落として遥か下に流れる川を眺めた。
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