【Ⅱ】輪廻の書。

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【Ⅱ】輪廻の書。

「行ってきます。」 いつも通り、振り向きもせずに交わす挨拶。 玄関先まで見送りに出た母が、私の背中に声を掛ける。 「紗季(さき)、今日も残業なの?」 「うん。遅くなると思う。夕飯、先に食べて。お母さん、いつも待ってるんだから…」 「…だって…心配じゃないの。年頃の女の子が、毎日遅い時間まで…」 心配性の母… 若い日に比べ容色は衰えたが、 優しさだけは変わらない。だが近頃では、この優しさが疎ましさに変わりつつもある。 もうすぐ25にもなろうと云う娘を、いつまで子供扱いするつもりなのだろう? 彼女にとっての『私』は、いつまでも小さな『女の子』のままだ。 「お母さん、男とか女とか関係ないの。仕事なんだから、仕方ないでしょう?」 「でも、紗季ちゃん…」 言い淀む母の背後から、出勤の準備をしていた父が、ネクタイ結びながら顔を出した。 「お前、いつまで会社勤めするつもりだ?」 「どういう意味?」 「解らない奴だな。そろそろ結婚する気は無いのかと訊いてるんだ。」 「またその話…」 私は、うんざりと天仰いだ。 父も相変わらずだ。 一昨年の誕生日に、私がプレゼントしたネクタイを、ほぼ毎日の様に着けてくれる。 愛用して貰えるのは嬉しい。だけど… (たま)には、違った柄を選んでみれば良いのに…と思う。 冒険より、安定を求める父。 一人娘に対する、男親特有の執着が重い。 私の人生に──いつまで口出しするつもりだろう? 押し付けられる『家族愛』が、時に、どうしようも無く鬱陶しい。
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