【Ⅱ】輪廻の書。

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機上の人となって… 私は改めて、生まれ育った国を見下ろした。 蒼く澄んだ空。 雲の隙間から覗く街並みが、まるで精巧なジオラマの様に見える。 私は──軽い既視感を覚えた。 …遠い遠い昔。 やはりこんな風に、空から街を見下ろした事がある。 あれは、今から二つ前の人生… 私は、太平洋戦争の真っ只中に、『男』として生を受けていた。 国を守る為に徴兵され、やがて空軍士官となった私に、或る日下った出撃命令──。 日の丸を背負い、覚悟を定めて、私は戦火激しい最前線に赴いた。 そうして…若い命を空に散らしたのである。 あの時。 最期に視界の片隅に映した風景が…やはり、雲間から見下ろす遠い街並みであった。 享年、28才。 花も実もある人生を、闘いの中に投げ打った曾ての『私』… 悲しむ父母の顔も知らないまま、その意識は闇に堕ち──私は、再び転生の輪に還ったのである。 繰り返される悲劇。 いつの世も、私は両親を悲しませてばかりだ。 「紗季、疲れたんじゃないのか?」 突然、智也が話し掛けて来る。 心配そうに覗き込む眼差しに、『平気』と答えて笑顔を向けると、彼は益々、眉をひそめて私を見た。 「本当に?無理すんなよ?」 「うん。大丈夫。」 「紗季─…」 智也が、私の肩を抱く。 「幸せになろうな?」 「…うん。」 甘やかな温もりが、別れの寂しさを拭い去る。 新しい国。 新しい街。 新しい人生のステージを目指して、私達は空を翔けた。 揺るぎない幸せだけを信じていた。 ──まさか。 このフライトが、人生の片道切符になるなんて… これっぽちも考えていなかった。
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