好きな色は赤と緑

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壁もカーテンも真っ白な部屋に少年の元気な声が響き渡る。 「君の好きな色は何色かな?」 「好きな色は赤と緑!」 「赤はどんな色かな?」 「ん〜とね…チューリップの色!」 「その色を見てどんな気持ちになる?」 「えっとね…元気な気持ちになる!」 医師はパソコンに向かってカタカタとキーボードを鳴らして診察内容を打ち込みながら、次の質問をする。 「じゃあ、緑はどんな色かな?」 「葉っぱの色!ぼく、お絵かきする時に葉っぱを緑で描きたいんだけど…だけどクレヨンには緑色がないんだ…」 「そうだね…その色を見てどんな気持ちになる?」 「すごく優しい気持ちになる!だけど…だけどクレヨンには緑色がないんだ。緑色だけじゃない。赤色もオレンジも、青色も…何の色も無いんだよ…」 少年はシクシク泣き始めた。そんな少年を母親は優しく抱きしめ背中をさする。 「色が無い世界は本当につまらないね」 医師は少年に優しく声をかけ、泣き疲れた少年は母親の腕の中で眠ってしまった。 「息子さんは色覚正常者に間違いありません」 「…やっぱりそうだったんですね。息子には色が分かるんですね」 「はい。パソコンや携帯電話の電磁波の影響により人間が色覚を失ってどれくらいの年月が経ったでしょうか…」 「私の両親は色覚異常者です。祖父も祖母もそうでした」 「お母さん、私の両親も祖父母もそうですよ。昔は色覚異常者が珍しかったのに、今では色覚異常者が普通になっています。人間は世界から色を失ってしまった…便利さの為に自らが創り上げたものによって人間本来にあった色覚識別の能力を衰えさせる結果になってしまった。本当に馬鹿げていますね。だから現在、クレヨンにたくさんの色が無い事は当然なのですが…色がわかる息子さんには何故クレヨンにたくさんの色がないのか理解出来ないのかもしれません」 母親は窓から見える空を見つめた。 「息子はいつも空や花を見て、綺麗だね、可愛いね、と私に言ってくれるのですが…私にはその色が分からないし、クレヨンに何故たくさんの色がないのかも上手く教えてあげる事が出来ないんです」 「私達は産まれた時から色覚異常者ですからね。モノクロの世界でずっと生きてきた、だから色というものへの認識がありません。色を感じた事が無いんですから…だからお母さんの苦しみも無理はありません。私達には色が分からない、けれど、分からなくても息子さんが話す色々な色を感じてあげて下さい。私は息子さんと話していて色を感じる事が出来ましたよ。赤は元気になれる色、緑は優しい気持ちになれる色。とても素晴らしい感性です」 はい、と母親は囁きスヤスヤと腕の中で心地良さそうに眠っている少年の頭を優しく撫でた。 「この子の見る夢もきっと色のある夢なんでしょうね」 「そうですね、きっと。本当に羨ましい、色が分かるなんて…私達もいつか見てみたいものですね、色のある世界を」
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