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そんな赤兎が思い出せる人間は、たったの二人。
いずれも、この馴れ合いを好まぬ馬が背に乗ることを許した、天下の英傑であった。
最初の男は、まさしく獣と呼ぶのがふさわしい、飢えた眼をしていた。
赤兎は一見して、その卑しさのない求道心が人間の身に収まらないほどの大きさであることを見抜いていた。
ただ、最強であれ。
己の武を頑なに信じ、強くあろうと望む姿に重なる部分を感じたのが最初の一歩だ。
その男は今までの誰よりも赤兎を乗りこなした。
どれだけ全力で駆けても振り落とされるどころか、さらに速度を上げるよう促してくる馬主など初めての経験で、これは中々張り合いがあるぞ、と血を滾らせたのが、遠い昔でありながら最近のように感じるほど、赤兎にとって新鮮であった。
ある夜、その男がこう語った。
「俺は生涯に二度、親殺しという大罪を行った。血の繋がりは無いが、どちらも俺を厚く待遇し、俺の力を評価していた。だが、彼らはほんとうの意味で、俺を分かってはいなかった。やれ、地位がどうの、女がどうのだの、そんなものを与えて俺を律しようとしたのだ。俺は許せなかった。義理の親という肩書を振りかざし、そのような俗世間が欲する者で俺を飼い殺しにしようとした愚か者どもめ。そんなものを求めてはいない、いないのだ……それを分かってくれるのは赤兎馬よ、お前だけだった」
義を以って世を正すことも、覇を以って世を制することも、この男には関心がなかった。ただ戟を振るい、猛者と競うことを至上とする姿は、心地良くすらあった。
だがその男と征く戦いは、次の日にて終わりを迎えることになった。
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