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眠れ、赤き馬
西の山脈へと日が沈む頃、馬小屋の中から人が一人。
険しい表情を浮かべ、首を何度も横に振ると、無念そうに口を開き、
「残念ながら、もう回復することはないでしょう」
震える声で言った。
それは助からないことを悲しんでいるのではなく、恐らく助けられないことで自分に何かしらの罰が科されないかを恐れる、保身の震えであった。
「なんとかならないのか。せめてあの血を残さなければ、大きな損失になるのだぞ」
怒号が響く中、つまらなそうな嘶きが馬小屋より聞こえる。
声の主は勿論馬なのだが、風体は他の馬と一線を画す。
炎のように逆立つたてがみ、一蹴りで軽く二、三人を吹き飛ばすほど発達した四肢、何よりその体毛は、血のような汗に染まりすぎたためか、紅蓮の如き“赤一色”であった。
その馬は、与えられた餌に一切口を付けず、水も含まず、ただその身が朽ちていくのを待っている。
流行り病を患っているのではない。
老衰で走れなくなったのではない。
その馬は、自らの強い意志で以って、その生を閉じようとしている。
孤高にして至高、馬中に赤兎あり。
その名の通り、もう並び立つ者はこの世のどこにもいなかった。
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