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そして、出したイラストの返事が来たのが今日の午前中のこと。
帰ってきた答えは無理難題ではなく――ゲームのリリースそのものの話が白紙になってしまったのでごめんなさい、というものだった。
――ふざけんなよ!
その時。理音の頭を真っ先に染めたのは怒りである。
――ふざけんなよ、下絵の段階だからまだいいってのか?ペン入れまで行ってないんだからそこまで苦労してないってのか!冗談じゃない、ここまでの作業だってどんだけ大変かわかってるのかよ!!
あちら事情でのキャンセルである以上、依頼料はきちんと支払って貰えることになる。だが、そういう問題ではないのだ。理音にとって最も腹立たしいのは金を貰えないことなどではない。魂をこめて描いた作品が使われることもなく、お蔵入りにされてしまうということなのである。
確かに、それこそまだ鉛筆の下書き段階で、ペン入れも色塗りもしていないのだからさほど苦労はかかってないだろうと向こうは思うのかもしれない。けれど、イラストレーターにとって、少なくとも理音にとっては全くそんなことはないのだ。
機構戦士エルガードの世界観を知ろうと、そのためにどれだけ関連書籍を読みあさり、ネットで情報収集したことか。
念入りに調べた世界観を少しでも鮮やかに表現するべく、キャラクターの性格に沿って衣装をどのようにして再現することができるか。依頼されたのは“シルラ”という名前の青年魔導師だった。穏やかな性格、理知的な雰囲気、それでいて実は非常に仲間思いで熱い情熱を秘めた美貌の青年。頭の中でそれら全てを再現し、蘇らせ、構築した“シルラ”を景色とともに連れ出すまでどれほどの悩み苦しんだと思っているのだ。それを、それをたった一言――技術的に無理でしたごめんなさい、で済まされてはたまったものではないのである。
何よりそれは、ここまで一生懸命描いてきた――自分の世界の“シルラ”に本当に申し訳ないとしか言い様がない。
――畜生、畜生、畜生!
理音はどうにか苛立ちを抑えながら家を出て、今は近くのコンビニに向かっているところだった。
他のイラストレーター達はどうか知らないが、理音は“ある理由”から人と会うことを極端に避けているという事情がある。それは、仕事の打ち合わせであっても同じ。イラスト作業は全て家で行い、仕事を依頼されても担当者と会うことは極力避けるようにしていた。それこそ、最初の打ち合わせの一回で会うことがあるかどうか、といったレベルである。二回目以降はどうしてもという事情がなければ対面で相談することもない。先ほどの連絡も全て、電話で行われたことだった。
理音は人の多い場所に行くことが難しい。子供の頃からそうだった。特に、満員電車などは本当にダメなのである。人ごみに近づくだけで吐きそうになるのだ――自分の頭の中が、汚物で侵食されるのを免れることができないせいで。
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