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「そうそう、上手い上手い!それで食べてみ、美味いから!」
理音は一人っ子だ。昔は近所に小さな年下の子供達が住んでいたこともあったが、そういう子供達も理音の噂を聞いては波が引くように離れていったものある。中には、それとなく逃げるように引っ越していった者達もいた。人の心が分かる能力も恐ろしいのだろうが、それ以上に“人の心が分かると思い込んでいるキチガイ”がいるかもしれない家が気味悪くてならなかったのだろう。両親は必死で理音の言動を隠そうとしたものの、人の口に戸は立てられないものである。
だから――そう、こんな風に互いに気兼ねなく、子供と接するなんて初めての経験なのだ。弟がいたら、あるいは自分に子供ができたらこんな感じなのだろうか。理音はそう思って――ずきり、と少しだけ胸が痛くなった。
――俺の、この力について。……アオは知ったら、どう思うんだろうか。
彼の眼を見ても何故か能力が発動しない、という現状のおかげで、理音は己のサイコメトリを彼に悟られることなく済んでいるが。この現象が一時的なものか、それともアオの特有の体質によるものなのであるかはまったく分かっていないというのが実情だ。だから今後はどうなるのかわからないし、そもそもアオとの付き合いがどれだけの長さになるのかも全く想定できない状況である。
ただ、今後――アオに、この能力についてバレてしまう可能性は、少なからずあるわけで。
アオがこれを知ったらどう思うのかなど――想像するのは、あまりにも恐ろしいことで。
「……あの」
「!」
その時だった。ゆっくりとラーメンを食べていたアオが声をかけてきて、慌てて理音は現実に帰ってくることになる。
「ど、どうした?美味しくなかったか?」
慌ててひっくり返った声を出してしまう。するとアオはふるふると首を振って、美味しい、と一言返してきた。
「本当にありがとう。……と、もう一つ、どうしても聞き忘れていたことが。貴方が嫌なら、無理に尋ねないのだけれど」
「なんだ?改まって」
「……その、名前を聞いていなかった、と思って」
「あ」
そういえば、昨日はバタバタしていてそのままになってしまっていたような気がする。こんな初歩的なことを忘れるだなんて、自分はどこまで抜けているのだろう。
「えっと、その。日下部理音だ。理音でいいぞ」
「クサカベ、リオン……どちらがファーストネームだ?日本人なら、リオン、が貴方の名前になる?」
「あってるぞ、理音、だ」
子供の頃は、あまり好きな名前ではなかった。まるで外国人の名前であるかのようで。でも。
「そうか。……リオンか。いい名前だな」
アオがそんなことを言うものだから。なんだかもう、今はそれでいいような気がしてしまうのである。
「き、気に入ってくれたならよかったよ。……これからも、よろしくな。アオ」
その言葉は、自然に口を突いて出たのだ。まるで、長年の友と接しているかのように。
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