<第十話~卵焼きの時間~>

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「フライパンは、温めた後で油をしっかりしいておく。こうだ」 「あまり私達の料理のやり方と変わらないんだな。……でもこのままだと、油がダマになって偏ってしまっているように見えるのだが」 「そうだな。そこで個人的におすすめなのが、ティッシュ使って広げる方法。油のダマに、丸めたティッシュをつけて、菜箸で広げるんだ」  これは、横で母がやるのを見ていて学んだ方法だった。あの頃の自分は、母に喜んでもらいたくて、嫌われたくなくて――とにかく彼女のできる技術を盗もうと必死であったように思う。  あの時は結局うまくいかなくて、なんて無駄な努力をしたのかと思ったものだが。一人暮らしになり、そしてこうして誰かに教える立場になってみると、あの苦い記憶も役には立っているのだと実感させられる。 「油が綺麗に広がったら、いよいよさっき混ぜた卵投入だな。ここで気をつけるべきは、一気に流し込まないようにするってこと。今回は小さい卵三個だし、二回に分ければ十分だろ」  昔は、なんで一回で流してはいけないのだと思ったものだが。一回ですべての分量をフライパンに流してしまうと、分厚くなって丸めるのが難しくなってしまうのである。こういうのも、なんだかんだ失敗して勉強していくことの一つだと言っていい。 「まず半分をフライパンに流し込む」 「あ、あれ?空気の泡ができてしまったんだが……いいのか?」 「卵に含まれてた空気だな。混ぜる時にもどうしても空気が入ってしまう。泡が浮いてきたら破って空気を抜きつつ、フライパンを浮かせて卵を流しつつ……厚さを均等に持っていく。アバウトでいいぞ。頑張り過ぎて、卵が完全に固まっちゃったらダメだからな」 「なるほど」  卵の焼けるいい匂いがしてくる。あんまりお腹がすきすぎている時に料理をするのは良くないな、と個人的には思う。なんといっても、つまみ食いしてしまいそうになる。もとより卵は大好きな理音だ。 「少し表面がまだ固まってないな、くらいまでいったら。端からフライ返しで、ゆっくりと丸めていくんだ。卵が固まる前だと、丸めるごとに半熟状態の卵がノリになってくっついていく。こうしてフライパンの端から端まで丸め終えると……ほら、一本の棒状態になるってわけだな」  卵焼きらしい姿にはなってきたが、まだまだ太さも細い。当然といえば当然、卵はまだ半分が流し込まずにお椀に残したままにしてあるのだから。
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