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「……助けてくれたなら、悪い人ではないだろう?」
考えた末、アオはあっさりと言い放った。
「それに……と、これは、気を悪くしないで欲しいのだけども」
「なんだ?」
「……なんとなく。貴方は、寂しそうに見えたから」
「…………」
もしかしたら、アオにも――相手の感情を、なんとなく察知する能力があったりするのだろうか。
あるいは、人の感情には非常に敏いタイプなのかもしれない。――寂しかったというのは、紛れもない正解であるのだから。
「そうだな。……寂しかったんだろうな、俺」
そろそろいいだろう、と思って皿の上で卵焼きに包丁を入れる。ほかほかの湯気があがり、ふわりと少し甘い匂いが鼻をくすぐった。
「地球の事情とか、貴方のその……イラスト?とかの仕事は私にはよくわからないけれど。私でよければ、話相手にくらいにはなれると思うが」
「ありがとな。……そうだな、時々愚痴らせてもらってもいいか?在宅のイラストレーター……まあ絵師ってやつなんだけどさ。ナメられることも多いんだけど、ほんと実際やってみると大変な仕事なわけだしさ」
「そうなのか。悪いことをしたな、忙しいのに押しかけて」
「いいって。むしろ一人でいたら、鬱々と考え込むことばっかりだっただろうし」
それに、きっとアオが来なければ――自分はこれからの人生、殆どまともに人と話そうとすることもなく、誰かの心に寄り添おうとも思えず、モノクロなばかりの人生を生きていたに違いないのだ。
確かに、アオが来てやるべき仕事は増えたけれど。それは、自分にとっては――楽しい忙しさ、であるに違いないのだ。多分自分はきっとどこかで、こうややって誰かと笑い合える時間を望み続けていたのだろうから。
「もし、よければさ。……今度、アオの絵も描かせてくれよ。大したクオリティにはならないかもしんねーけど」
卵焼きを、8対2の割合で取り分けながら告げれば。アオは嬉しそうに顔をほころばせた。
「私なんかでよければ、喜んで」
それはどこまでも静かで、平和な時間だった。理音とて、この時間がいつまでも続くと思っていたわけではないけれど。
予想を超える危険が迫っているのだと気づいたのは――この日の夕方になってからのことであったのである。
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