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<第一話~孤独なサイコメトラー~>
絵を描くということは、即ち世界を描くということでもある。
想像の海に飛び込み、そこから一片を切り出して現実に持ち帰る作業だ。二十七歳のイラストレーター、日下部理音にとって、作品作りの最初の工程はそれに当たると言っても過言ではない。
傍から見ていると、この作業を行っている時の自分はひたすら真っ白な紙の前でぼんやりしているだけに見えてしまうことだろう。さっさと線でもなんでも書け、何サボってるんだ、と思われる可能性さえあると思う。
しかし、理音にとってはこの工程こそ一番大事なポイントと言っても過言ではないのだ。まず、“どんな世界を描きたいか”を頭の中でしっかりと広げる必要があるし、そこから“どの部分を切り取って持ち帰るのか”を念入りに精査しなければいけない。場合によってはこれだけで数時間どころか数日をかけてしまうこともあるほどだ。
そして、決めて現実に帰ってくるともう、それだけで恐ろしく疲れてしまうのである。身体は一見すると動いていなくても、頭は滅茶苦茶に疲労している。だから一回まとめたら、本当にざっくりしたラフだけ描いて一度眠ることにしている。そうでなければ、疲れきった脳内をリセットすることができないからだ。
そして、眠って少しストレスを取った後、ラフを使ってさらに丁寧な下絵を描いていく作業を始める。下書きしたらペン入れ、ペン入れしたらプリンターを使ってスキャン、画像をパソコンにデータとして転送。理音のイラストは、現在は専らデジタルな作業となっている。多分今のイラストレーターは大半がデジタルで塗りを行っていることだろう。その方が後に修正もしやすく、楽なことが多いからだ。ましてや、今回のように差分がいくつも必要なイラストであるならば、デジタルの方が余程修正しやすいに決まっているのである。
機構戦士エルガード、というオンラインゲームのイラスト依頼が来たのは、今から大凡一ヶ月ほど前のことだった。
イラストの仕事の締切は、多分業界と会社、ゲームの進行状況などでいくらでも変わってくることだろう。理音に依頼されたのは、あるキャラクターのイラスト一人分のみ。一枚がメイン画像で、他にダメージを受けた時の画像、必殺技を出す時の画像などのパターンが四枚。実質計五枚の仕事の依頼だった。といっても、差分であるから、必殺技の画像以外はほとんど少し服の状況や顔の状態をいじるだけで済む。それで最終締め切りが半年というのは、まあそれなりに緩いスケジュールであったのは間違いないだろう。
とはいえ、理音が受けている仕事はそれだけではない。
そして、最初の“世界を構築して切り取って持って帰る”という作業が問題で、これは本当にどれくらいの時間が必要になるか理音本人もわからないことが大半なのである。文字通り、今回はそれに半月も時間を要することになってしまい、その翌日は丸一日寝込むことになってしまった。自分でも、このバランスの悪すぎる頭はなんとかしたいと常日頃思っているのだけども。
そうやって、どうにか世界の切り取りを終えて、線画まで書き終えて提出したのが昨日のこと。修正点や注文点があるなら、ここでまず連絡が来ることになる。こちらもプロとして、依頼を受けてやっている。クライアントの希望は最大限叶えるのが自分達の役目ではあった。まあ、あまりに無理難題は勘弁して欲しいと思うのだけれど。
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