<第十四話~宣戦布告~>

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<第十四話~宣戦布告~>

 エスメア・トールメイにとって、祖国と女王陛下の意思は絶対である。  男爵の地位を持っているとはいえ、所詮は下級貴族。さほど贅沢な生活ができるわけでもなく、厳しい貴族社会に振り落とされぬよう苦心して生きていた男の二十七年の人生を支えてきたものは、祖国ファラビア・テラの国教の教えだった。  ファラビア教では、王は神の血と継ぐ一族として崇められる存在である。かつて何もなかったテラの星に舞い降りたファラビアの神が、自らの子孫達を率いて星を開拓し、人々が住みやすい国を築き上げていったというのが始まりだ。王とは、文字通り現人神。始祖たるファラビア神の子孫であり、自分達民を正しい未来へ導いてくれる永遠の存在である。エスメアが陸軍に入り、若くして少尉という地位まで上り詰めたのもそのため。全ては、敬愛するべき陛下にお仕えし、一族が導く未来を陰日向で支えたいという強い信仰心あってのことだったのである。  そう、ゆえに。エスメアの心を現状占めているのは、ベティ・ロックハートへの強い嫌悪感と憎悪にも近い感情であった。  女王陛下の伴侶として選ばれ、一番近くでお支えすることのできる立場になる。それがどれほど名誉なことか、あの少年は何故わからないというのか。  確かに、リアナ陛下はまだまだお若いし、未熟な点が多々あるということは否定しない。  しかし彼女ほど一途に夫を想い、慈愛に満ちた王は――歴代のファラビア王のをずらりと並べて見ても比肩する者はいないのではないか、と心の底から思うのである。そうでなければ、死刑判決を受けるのも当然の、銀河を危機に陥れた大罪人を許し、あまつさえ高級官僚に迎え入れようなどと考える筈がないのだから。確かに、ロックハートは非常に優秀な科学者であったし、今後のファラビアの発展に尽力できる可能性のある人物であったことは否定しない。しかし、彼は当然のように女王陛下に対しても、数々無礼な行動、無礼な言葉を浴びせていたのは知っている。それを許し、命を救うなど――リアナ陛下の寛大な御心なくしてできることではないのである。 ――そう、あれほど女王陛下が目をかけてくださったのに。あの男はそのお心を裏切り、陛下を捨てて逃亡したのだ……ファラビアの宝を二つも奪って!  あまりにも、あまりにも許しがたい蛮行である。  何故異星人であり、大罪人であるロックハートが女王陛下の夫として選ばれたのか――には少々複雑な事情があるのは事実だが。それでも、銀河で最も文明が栄え、最も高い軍事力を持つ最強の国家の女王陛下の夫である。多くの王族、貴族達が羨むその栄誉をあっさり捨てて、泣すがる女王陛下を足蹴にするような行為をするなど、エスメアには到底信じがたいことであった。  一体、ロックハートはなにが不満だったというのか。  死刑になるところを救われて、支配者の夫として迎え入れられて、目が覚めるような贅沢な暮らしを約束されて。  そもそもあの男は、銀河を支配しようとした諸悪の根源であったはず。女王陛下の夫になれば、ほぼそれに近い素晴らしい地位が与えられたおのは間違いのないことだ。それとも、頂点の景色を見るのが、ただひとりでないことがそんなにもプライドを傷つけられる結果であったとでもいうのか?
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