<第十六話~抱きしめる腕の中に~>

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<第十六話~抱きしめる腕の中に~>

「どうしたんだアオ、怪我してるじゃないか!鏡、自分で割ったのか!?」  風呂場に踏み込み、矢継ぎ早に問いかけ――次に理音の頭は完全にフリーズすることになった。アオはぺたん、と床に座り込んで、血だらけの手に構わず頭を抱えて震えている姿勢だった。そして、場所が場所なだけに裸である。多分、先に風呂でも入っていようと思ったのだろうが――それはいい。  初日に、一緒に風呂に入らなくて良かった、と心底思ってしまったのである。なるほど、彼の身体は理音の知る“少年”のそれとはかけ離れていた。姿勢が姿勢なだけに、胸元も股間も丸見えなのだ。確かに胸はぺったんこである。男の胸かどうかはしげしげと確認していないからわからないが、少なくとも明らか女性のもだとわかるような膨らみはない。が、それよりも問題は下半身の方だ。男性ならあるはずのものがなく、そればかりか彼は股間も足も一切毛というものが生えている様子がないのだ。よく見ると腕も産毛が生えているかどうかさえ怪しい。きっと種族的にそういうものなのだろう、と解釈する。まるでよくできた人形のような体つきなのだ。  違うのは、彼の足の間には女性のそれに近いように見える割れ目がちらりと覗いているということ。怯えている彼を凝視するわけにはいかないが、それでも見てはいけないものを見てしまった感が強いこちらとしては――多少なりに観察してしまったことは大目に見て欲しいと思う。なんせ、自分はこの場合は女性相手の対応をするべきだったのか、と真剣に悩まざるをえなかったのだから。 『多分、貴方達が思う“男性”と、私達の種族の“男性”は違うと思う。というか、違った記憶がある』 『もっといえば、私達は性別の概念も薄い。例えば私は自分が“男性”であるという自負はあるが、私達の性別という考え方はほとんど精神面にしか残っていない。大昔は私達の一族も地球人のように男女の性的交渉によって増えていたのだが、進化を遂げてそういうものがなくても子供が作れるようになった。つまり、相手の体液を摂取するだけで子供が作れるというわけだな。そうなると……より効率的に子孫を増やすためには外見の性別問わず全員が“子供が産める女性の身体”を持っている方が都合が良かったわけだ。例えば私は、地球人の女性のような胸はないものの、下半身の構造の方は恐らく女性と殆ど同じものであると思う。私達の種族の“男性”は皆そうだ。精神面と、胸のあるなしだけが違うといったところか』  アオの言葉を反芻する。加えて彼は、自分達は性別問わず他人に肌を晒す習慣がない、というようなことも言っていた。とすると、彼の性認識がどうであれ、そもそも理音に見られてしまっているというだけで非常に恥ずかしいことであろうというのは想像がつく。我に返り、理音は洗面所の戸棚からバスタオルを引っ張り出してきた。最近使っていないから多少埃が積もっている可能性はあるが、今は気にしている場合ではないだろう。
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