6人が本棚に入れています
本棚に追加
下界から気持ちのいい風が吹き上がってくる。眼下には一面に森が広がり、ふもとの辺りでいくつかの渓流が合流して一本の川になり平野を流れていく。川が緩やかに曲がる場所から少し上った小さな丘に十戸ほどの住居が見えた。丸太を三角に組んだ屋根に茅の束を乗せたものだ。
住居のそばで子供たちが駆け回り、周りに数匹の犬がたむろしていた。あたしは唇を噛む。この地の民が住む近くに留まるのはもめ事の元になりかねない。
どうしようか、思案するあたしの目の前を何かが横切った。白くてふわふわと動くもの、手を伸ばして摑まえる。それは丸い綿毛を持った小さな種だった。足元を見ると一本の薊が生えていた。あたしの腰ほどの高さで、紅く咲いた花と綿毛になったものの両方が付いている。知らぬ間に触ってしまい綿毛が飛び立ったのだろう。
あたしは綿毛を手のひらに乗せ、風に背を向けた。手のひらを唇に寄せて、風の揺らぎに合わせふっと吹いた。舞い上がった綿毛は風に乗り、遥かな高さに上って行った。そのまま山々が連なる大地の上をゆうゆうと飛んで行く。
綿毛が見えなくなるまで見送った後、あたしは振り返り、斜面に広がる森を見下ろした。いつの間にか、いらついた気持ちはなくなっていて、あたしは眼下の森にしばらく滞在することを決めた。村の住民ともめ事になったら、その時に考えればいい。あたしは斜面を下って行った。
最初のコメントを投稿しよう!