紅蓮の魔女

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「大物を仕留めたんだね。たいしたものだ」  背後からの声に背筋が凍った。熱中のあまり背中を他人にさらしていたのだ。後ろ髪を揺らさないようゆっくりと身体を回す。  振り向いた先に居たのは、無防備な笑みを浮かべた一人の若い男だった。筒袖、筒裾の衣服を着ている。このあたりの里の民がよく着ている服だ。 「君は獣を追って渡り歩く狩りの民なんだろ。さすがの腕前だ」  男はあたしの持つ山刀を気にする素振りもなく無造作に近づいて来た。目を見開いてあたしの髪を見つめる。 「きれいな髪だね。まるで真っ赤に染まった七竈(ななかまど)の葉みたいだ」  男の能天気な物言いにいらついた。あたしの紅い髪はこれまでの旅でもめ事のもとだった。その紅い髪は紅蓮の魔女の標しだろうと難癖をつけられ、糾弾されたこともある。  あたしは男を睨みつけた。 「あたしはアザミ。お前の言うとおり森を渡り歩いて、この地にたどり着いた。邪魔だと言うのならここから立ち去ろう。けれど、できるならこの獲物の処理を終えるまで待ってほしい」  アザミは先ほどの花から思いついた仮の名だ。故郷の村での名を名乗る訳にはいかなかった。  「邪魔だなんてとんでもない」  男はあたしの横を通って、解体中の猪に近づいた。 「一人で狩ったんだよね?」 「そうよ」 「すごいな。俺たちが猪を狩る時は四、五人がかりなんだ」  男は笑みを消すことなくあたしを見つめる。あたしは山刀を身体の前にかざした。 「獣の仕留め方は心得ている。女一人と思って獣の振る舞いに出るなら死ぬことになるわよ」   「そんなことはしないよ」  男はかぶりを振った。腰に巻いた帯から小さな袋を外して、あたしに投げてよこす。 「食べてみなよ、うまいぜ」  あたしは片手で山刀をかざしたまま、受け取った袋をちらりと見る。中には干した山葡萄の実が詰まっていた。
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