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「俺はナギ、ふもとの村に住んでいる。きっと君は多くの国を渡り歩いて来たんだろ。これまでの旅の話を聞かせてくれないか?」
「旅の……話?」
「ああ、この土地から離れた場所にはどんな人たちがいてどんな暮らしをしているか、どんな景色がありどんな獣や鳥がいるのか、どんな食べ物があって…… 」
その男、ナギはとうとうとしゃべり続けた。
「あいにくだけど、聞いておもしろいような話は無いわ」
そう言いながらこれまでの旅を思い起こす。ほとんどの時間は森で一人暮らし、たまに訪れた人里でも、あたしの髪の色を咎め、警戒された思い出しかなかった。
「どんな話でもいいんだけどな」
食い下がるナギを睨みつける。
「無いと言ったら無いの」
楽しい思い出はひとつも無い。それにへたに話したら、あたしの正体を知られてしまうかもしれなかった。
「そうか、残念だな」
ナギはがっかりした様子でつぶやいた。
「今日のところは帰る。また来るよ、何か食べ物を持ってね。思い出した話があったら、その時に聞かせてくれ」
「食べ物に不自由はしていない」
「俺が勝手に持ってくるんだ。気にしないでいい」
ナギは帰って行った。その姿が消えてから山葡萄を調べてみる。嘗めてみておかしな味はしなかったので一個だけ食べてみた。噛みしめると酸っぱさと共に濃密な甘みが口の中に広がった。
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