転生赤ずきん

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 オオカミは辺りを見渡した。ちょうど木に隠れていた娘を見つけた。背を向けてしゃがみ込んでいる。何をしているかはわからないが、娘からあの擦れる音が聞こえてくる。 「お嬢ちゃんは何をしているのかな?」  転生赤ずきんはオオカミの声に振り向いた。満面の笑みである。左手には花の束。そして、右手には手よりも大きなハサミを持っていた。擦れる音の正体はハサミだった。しかし、花を摘むにしては大きすぎるハサミ。 「気になる?」  転生赤ずきんがハサミをオオカミに向けた。その顔もやはり満面の笑みである。狩る側のオオカミは初めて生命の危機を感じた。体裁など気にする余裕もなく、人間ぶった二足歩行をやめて四つん這いになって逃げ去った。振り返ると娘はハサミを振りかざして追ってきている。 「おばあちゃんの家の裏手に川があるから覚えておきなさい」  意味の分からないことを叫ぶ転生赤ずきん。オオカミは全速力で川を越え、山を越え、国境すら越えて走り続けて、立ち止まったのは朝日が昇る頃だった。  ヘトヘトでお腹も減っていたけど、恐怖が拭えず、人前に出る勇気を失い、食べ物は木の実や野草で飢えをしのぐことひと月が過ぎた。もう、娘も追ってはこないだろうと思って、また人を襲うことにした。  久々の肉である。筋肉質の男でもなく、皮だらけの老人でもなく、やっぱり、若い娘が食べたかった。  いつも通り、山道で待ち伏せて、一人で歩く娘に狙いを定めた。だけど、話しかけても相手にされず、姿を見せた途端に敵意を向けられ近づくことも出来ない。それが一人だけではない。狙う娘全員がそうなのである。  あの娘が何か仕掛けたのだろうか。しかし、国境を越えた別の国である。そんな影響力を村の娘ごときが持っているはずもない。いや、あの娘は只者ではない。ありえるのかもしれない。オオカミは混乱していた。  さらに国境を越えることにしたオオカミ。けれど、状況は変わらなかった。どこへ行っても娘一人も騙せない。無理やりに食べてしまおうかと思っても、その勇気がオオカミには出せなかった。なぜなら、どの娘も大きなハサミを向けてくるのだから。  どう考えても自分の存在があの娘によって広められている。恐ろしいのはその規模である。いくつ国を越えても、どんなに小さな村の娘にだって知られている。その理屈がオオカミにはわからなかった。  オオカミは空腹を満たせないことよりも、そのカラクリを理解できないことに苦しんでいた。どこへ行っても娘の存在が頭を離れない。監視されているような気がして、休むことすらできない。  オオカミはさらに国境を越え、山道を歩く一人の娘に声を掛けた。その娘もやはり大きなハサミをオオカミに向けた。騙すつもりはなかった。オオカミは無抵抗を表すために両手を挙げて懇願した。なぜ自分のことを知っているのかと。  その娘は笑った。そして、弄ぶようにヒントだけを教えてくれた。 「本屋に行ったらわかるわよ」
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