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違和感
俺は小さい頃から英才教育を受けて育ってきた。
医者である両親にお前は医者になるんだと言われ、その頃は子供ならがらその期待に応えることに使命すら感じていた。
中学では部活でバレーをし、そこそこの結果を残した。
勉強も常に上位を保って、その褒美としてゲームやお小遣いをもらっていた。
親に敷かれたレールを難なく渡って何不自由無い生活を送っていた。
でも高校に上がり、世界が広くなるにつれて、医者よりもやりたいことがあるんじゃないかって、もっと自分の人生を自分で考えてもいいんじゃないかって思ったんだ。
「おい、お前どういうことだ!」
だだっ広いリビングルームに父親の声が響き渡る。
「だから、もう父さんと母さんの期待には答えられない。僕は医者にはなれない。」
「はっ!ならなんになるって言うんだ。言ってみろ。」
今まで見たことの無い父親の鬼のような形相と母親の悲しむ顔が目に映る。
「まだ、ハッキリしたことは決めてないけど、もっと自分のしたいことを探してみたい。
父さんや母さんが今まで俺をここまで何不自由無く育ててくれたことはすごく感謝してるし、医者の仕事は物凄くいい事だと思う。でも何かが違うなって最近思い始めたんだ。
ごめんなさい。」
「……そんな曖昧な動機でそんなことを言うやつだとは思わなかった。母さん、こいつにはもう小遣いも贅沢も何もさせるな。分かったな。」
「え、でもあなた……」
「いいから絶対だ!」
そう言い捨てて、父親は自室に戻った。
しんと静まりかえったリビングルームには放心状態の母さんと俺にまとわりつく愛犬のシグマがいるだけだった。
「……悠馬、本当にちゃんと考えたの?」
「うん、ごめんね母さん。」
「……そう。父さんは、あんたには苦労して欲しくないだけなの。そこは分かってね。」
母さんは、そう言ってバックから財布を取り出す。
「これ、今月分ね。父さんには内緒だから」
ぱっと渡されたお金。
3万円。
「……ありがとう。」
細身の母さんは、ひょいっとシグマを抱えて父さんの自室に向かっていった。
母さんは、いい人だ。
いい人なんだ。
けど、何かが足りない、何かが。
俺はそう思いながら3万円を無造作にバックに入れて家を出た。
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