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古い時代の悪しき価値観を、新しい世界に持ち込もうとする悪の組織・ヘイセー。
それを阻止するために立ち上がった三人の若者。ウメガサネレッド、スミレバイオレット、サクラピンク。
人は彼らをこう呼ぶ、令和戦隊カイゲンジャーと!
というけったいな前口上のあと、我らがカイゲンジャーショーはスタートする。
暗黒大ショーワ率いる悪の組織・ヘイセー。その構成員達は、部下にサービス残業や休日出勤を押し付けたり、親戚の集まりで恋人や結婚の有無をしつこく聞いたり、通りすがりの母親に子供は二人以上産まないとどうたらみたいなことを言ったり、とにかく相手を不愉快にする言動を繰り広げる。
そんなヘイセーの構成員達を武力で退治し、令和の世の中から「平成に置いていきたい! 日本の悪い習慣」を切り捨てて行くのがカイゲンジャーだ。
何を言っているかわからないかもしれないが、安心してほしい。カイゲンジャーになって二ヶ月、俺も一体これはなんなのだろうと思っている。
「そこまでだ! 女子社員にのみお茶汲みをさせる習慣は俺たちがぶったぎる!」
ステージ上で、他に暇そうに寝ている男性社員がいるにもかかわらず、忙しそうな女性社員にお茶汲みを頼んだ上司を指差す。
「お前がヘイセーなのはお見通しだ」
「っていうか、お茶ぐらい自分でいれなさいよねー!」
バイオレットとピンクも続く。
「っち、カイゲンジャーか!」
正体を見抜かれた上司が舌打ち。一瞬ステージ上を光が包み、次の瞬間には上司はヘイセーの怪人になっていた。つまり、その一瞬で着ぐるみと入れ替わったのだ。
「未来に進む足を引っ張るもの達よ! 今ここで、成敗してくれる!」
とかやりとりがあって、殺陣が始まる。
なんやかんやあって、
「くらえ! カイゲンソード!」
とかなんとか必殺技を使うと、ぐわーっとか断末魔の悲鳴をあげながら怪人は袖にはけていった。
「これで令和の平和は保たれたな!」
とかなんとか言いながら、俺たちは話をしめる。
ぱちぱちと、まばらな拍手。
それもそのはず、客席にひとはほとんどいない。
ショッピングモールでのヒーローショー。無料なのに。日曜日なのに。一番前のチビッ子は「メタリッカーが見たいのにー! これにせもんじゃん!」とか叫んでる。わかる、わかるぞ、君の気持ち。メタリッカーは現在テレビで絶賛放送中の特撮変身ヒーロー物で、俺たちみたいなバッタものとは違うのだ。
マスクの裏で、そっとため息をついた。
変身ヒーローにずっと憧れていた。大きくなったらなるのだと、心に決めていた。
成長していく過程でスーツアクターという仕事を知り、働き始めることになった。でも怪人ばかりで、ヒーローにはなっていない。
そんな中、テレビシリーズではなく、ショーだがレッドをやらないかという話をもらい、二つ返事で引き受けた。だって、レッドだよ? リーダーじゃん!
ところがどっこい、そのヒーローというのが、大人の事情が複雑に絡み合った結果生み出された令和戦隊カイゲンジャーなるもので、どこでヒーローショーをやっても、まあウケない。設定が意味不明すぎるだから、そりゃそうだろうとは思うんだけど。
だいたい、ウメガサネレッドってなんだよ。令和カラーにしたいのはわかるけど、強引が過ぎるだろ。赤、紫、ピンクって色合いも変だし。
結局、憧れていたヒーローにはまだなれていない。
今日の仕事を終え、重い足取りで帰ろうとしていると、
「なあ、いいだろ。飲みに行くぐらい」
「そんな短いスカート履いて、誘ってんだろ?」
「そうそう、こんな男社会にいて。オタサーの姫的な。ちやほやしてやるから行こうぜ」
そんな声が奥の通路からした。
そっと覗いてみると、ヘイセーの中に入っていた先輩達が、ピンクの中の人ことミクにちょっかいを出しているところだった。
あの人たち、またやってんのかよ。
ミクは高校卒業したばかりの若い子で、かなりカワイイ。先輩達はずっと彼女にちょっかいを出していたが、今日ものようだ。
ミクが困ったような顔をして、
「でも、私、未成年ですし」
「かたいこというなよ」
「それぐらい、受け入れなきゃ」
「この仕事をしていきたいなら」
そう続けて、ミクの肩に手をまわす。今日はいつもより強引だ。
どうしたもんかなと思っていると、
「こーんな立派なおっぱいしてるのに、ガキってこともないだろ?」
下品に笑いながら、ミクの胸を触る。
「やっ」
ミクの顔が歪む。
「こういう世界なんだから、受け入れなきゃ」
先輩の一人が笑う。
さすがに、ダメだろ。セクハラが過ぎる。上下関係を持ち出すのも、パワハラだ。
止めなくちゃ。
そう思って一歩踏み出しかけたところで、ためらいが生まれる。
腐っても、あいつらは先輩だ。逆らったら、どうなるかわからない。練習と称して、またボコボコに可愛がられるかもしれない。仕事ができなくなるかもしれない。せっかく手にいれた、この赤い色のスーツを失うかもしれない。
自分が可愛くて、俺は躊躇う。
そうしている間にも、先輩の手がミクのお尻に伸びる。
ああ、でも、ダメだ。先輩達がまちがっているのは明らかだ。あの人たちは、ショーの舞台を降りても、ヘイセーの構成員と同じだ。カイゲンジャーとしては倒さなきゃいけない。
それに、俺は、
「レッドなんだ」
令和戦隊カイゲンジャーは大人の都合で生まれた、意味不明なヒーローだが、それでも俺は戦隊ヒーローのリーダーだ。憧れのレッドだ。
正義に反することはできない。
あの赤いスーツを裏切ることはできない。
昔、憧れた自分を、悲しませるわけにはいかない。
「やめた方がいいんじゃないですか、嫌がってるじゃないですか」
覚悟を決めて、声をかける。
「なんだよ、エイジ」
睨まれて怯みかけるが、
「ミク、嫌がってますよね? それ、セクハラですよ」
「はー、おまえさー、つまんないこと言うなよ」
「舞台を降りてもカイゲンジャー気取りかよ」
「だいたい嫌がってないよなー、ミクちゃん?」
猫撫で声でいい、ミクの耳元に何かを囁く。
大方、逆らったら出られなくしてやるぞ、的なことだろう。
小さい。人として、あまりにも、小さい。
「ミク、その人たちに別に人事権限も何もないから聞くことないよ。だって、万年雑魚兵だし。ったく、そんな風にセクハラなんかしてるから雑魚兵なんっすよ、いつまで経っても」
「ああんっ?!」
先輩の声が一気にでかくなって、やばいと思った。つい、本気で思っていることを言ってしまった。
でもそうじゃん。自分の力を磨く努力をせずに、女の尻を追いかけ回してるから、名前のある怪人も、主役も、できないんだろ?
一瞬ひるみそうになったが、むしゃくしゃしてそのままにらみ返す。
先輩が俺の方に近づいてきたところで、
「マジでそこでやめた方がいいっすよ、センパイ」
別の声が現れる。
「マサト」
振り返ると、バイオレットのマサトが、ケータイ片手に現れた。
「今の全部録画してますから」
「けっ、会社にでも告げ口する気かよ」
「しませんよ。うちの上層部が腐ってない証拠なんてありませんからね。俺がやるのは、SNSで拡散するんです」
にやり、と笑う。
「あーあ、どうなるかなー。知ってますよね、SNSでセクハラを告発した女性を、こぞって嘘つき呼ばわりした連中がボコボコに叩かれてること。今回はもう純度百パーセントセクハラ当事者ですからねー」
さっと先輩達の顔色が変わる。さすがにそこの計算はできるらしい。
「今すぐにここを引いてくれるなら、俺は拡散しませんけど、どうします?」
先輩達は顔を見合わせ、舌打ちすると、
「覚えとけよ」
捨て台詞とともに、去っていく。がんっと、壁を蹴って。
「みじめだねぇ」
マサトが楽しそうに呟いた。
「ミク、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です。ありがとうございます」
ほっと安心したような顔をして、ミクが頭を下げてくる。
「ミクちゃん、今撮った動画、送っとくから会社に言うなり、SNSにあげるなり好きにしていいよ」
「お前、ネットにあげないっていったじゃん」
「俺はね。ミクちゃんがどうするかは、ミクちゃんがすることだろ」
ああいえばこういう……。なんというかこいつは、どこまでもクールな二番手だな。
「ありがとうございます。でもまあ、とりあえずは様子見で。もっとひどくなったら、考えます」
「大丈夫?」
「死ねって思ったけど、大丈夫です」
「大丈夫ではないね」
「男社会だから覚悟している部分はあったんで、そこは本当に。ただ、実際にやられたらマジ、玉もいで殺すぞって思いますよね」
いい笑顔で言う。強がりかもしれないけど、とりあえずは平気そうだ。
「動画は本当、ありがとうございます。いざとなったら兄に相談するんで。……大変なことになりそうだから、最後の手段のつもりなんですけど」
「お兄さん、なんなの?」
ヤクザとか?
「検事なんです」
「なるほど、法律のプロ」
「ミクに何かあったらいつでも弁護士になるから、とか言ってて。信頼できる弁護士さん紹介してもらえたらそれでいいんですけど」
「なるほど、シスコン!」
ずいぶんと強い後ろ盾をお持ちだ。
冷静なマサトといい、何気に何の武器も持ってないの、俺だけじゃないか? ちょっと凹む。
「俺、役にたったかなーとか思ってる? エイジ」
そしてそれをあっさりマサトに見抜かれる。
「顔にでるねー、エイジは。でも、ちゃんと動いたろ」
「そうですよ! エイジさんが来てくれてちょっと安心しました」
「いやー、でも俺、考えなしに突っ走っただけで。録画するとかもないし、後ろ盾もないし、何もないし」
どんどん声が小さくなると、
「あのさー」
呆れたような顔をマサトがして、
「正義の心があるだろ、リーダー」
ばんっと俺の背中を叩く。
正義の、心か。
「……そうだな」
それに思わず、ふっと笑う。
「なんかせっかくだし、三人で飯でも食いに行く? そんな時間、今までなかったし」
なんとなく提案してみると、
「あ、私、家でお母さんがご飯用意してくれてるんで」
「俺も、飲み会とか滅べ派なんで」
あっさり拒絶された。
「あ、はい、すみません」
なんか自分がヘイセーになった気分だ。部下を強引に食事誘う上司。
それじゃあまた、と言いながら、解散する。
クールなメンバーたちが帰っていく。
まあ、いいや。今日のところは、保身に走らなかった自分を褒めてあげよう。リーダーである、レッドである自分を。
クソみたいなセクハラもパワハラも、ついでに業務的なお食事会も古い時代においていけばいい。正義の心を持って、未来への一歩を踏み出そう。
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